【前回の記事を読む】ギョッとした…座高2メートル!百草店にある巨大な人形の正体
ツーリング~湯屋温泉~
山に登る理由を聞かれて
「そこに山があるからだ」と答えたという話があるが
「どうしてくそ暑いのに、エアコンの効いた車じゃなくってバイクなの?」と聞かれたら、やはり、
「そこに魅力的な道があるからです」
と答えることになるだろう。それほどに、バイクは、ただ走ることがいい。
今年もそんな道を求めて出発した。高速に入って、徐々に体のあらゆる部分がスピードに慣れてくると、頭の中がすうーっと透明になり、目は瞬きの回数が極端に減る。体の中を吹き抜けていく風が、いろんな俗っぽい部分を全部洗い流してくれる。何も聞こえない、何も考えない快感、自分というものがふっと消えて無くなる快感……とてもいい。
高速を降りて、誰も通らないような古い狭い峠を走る。二百キログラムを超すバイクにはちょっと辛いんだけど、一生懸命走る。その自分しか知らない一生懸命感に酔いながら。コーナーをイメージどおりにクリアできれば快感ポイントが一点アップする。ライン取りを失敗したり、途中オーバースピードで急減速しないといけなくなると、一点ダウン。まさに一人遊びの極致だ。
やがてバイクは、山間のひなびた温泉宿に着く。岐阜県は湯屋温泉。開湯以来という創業四百五十年、奥田屋というこじんまりしたいい雰囲気の旅館だ。ぬるめのお湯にひとり浸かって四肢を伸ばすと、思わず「ふいー」というような声が出る。体中から凝りと疲労がじんわりと溶け出し、炭酸の小さな泡が柔らかく体を包んでプチプチとはじける。
至福の時だ。浴衣を着て部屋に戻り、すぐ横を川が流れていることを知った。夕闇の色の濃くなった窓から、せせらぎの音とともに涼しい風が入ってくる。外はいつしか煙るように雨が降っていた。
せせらぎに静かに暮れる湯屋の里