徐々に苦痛になっていったのが水泳の授業だった。水着ほど男女の性差をはっきりと見せつけるものはない。屈辱的な格好だった。僕は本当に水着が嫌いだった。本当に。それでも僕はそれを着て授業に出た。この時期はどの季節にも劣らず、地獄のような時間だった。

僕は隣のクラスのいっちゃんというボーイッシュな女の子と一緒にいることが多かった。ある時、一緒に泳いでいると女性の先生の股間に目がいった。その時に、疑問が浮かんだ。なぜちんちんが生えていないのだろう? 僕は正直にいっちゃんに話した。

「いっちゃん、先生にちんちんが生えてなかったよ」

僕の疑問にいっちゃんは冷静に返した。

「当たり前じゃん。女は生えないよ」

「え?」

僕には理解できなかった。いっちゃんは僕の質問に笑っていた。僕は急に恥ずかしくなってきた。モヤモヤ感が残ったもののそれ以上の質問はいっちゃんに無知と思われるようで聞けなかった。あの頃の僕はずっと男性器は大人になったら生えてくると信じて疑わなかった。

その一方で、成長していく中でこんな疑問が湧いていた。他の女子たちにも男性器が生えるのだろうか、と。いっちゃんの言葉で、僕の疑問はますます増えていった。男女というのは望んだ性別へ成長するのだろうか、それが変化するのはいつなのだろうか。ただ、子どもの考えは楽観的に流れていくものだ。僕のそんな疑問も数時間後には忘れられていた。

昼休みのチャイムが鳴ると男子は一斉に立ち上がり教室の後ろにあるソフトボールを我れ先にと取り合う。そのボールを手にした人は一番に体育館へ向かい、後ろから続く友達の先頭に立てるのだ。その優越感はきっと気持ちがいいのだろう。

先頭に立つということはその日のリーダーとなれる。リーダーになる人はとにかく目立つ。それはまるでヒーローやアニメの主人公になったような感覚かもしれない。それとも主導権を握れる王様のような気分なのだろうか。あるいはその両方だろうか。僕もその仲間に入りたかった。リーダーじゃなくてもかまわないから、ただ男子と一緒に思いっきり走りたかった。しかしその中に入る勇気が僕にはなくいつも羨ましそうにそれを見つめていた。

九歳になると担任の先生が変わった。とても若い男の先生で親しみやすかった。先生は昼休みにドッジボールを一緒にしてくれた。僕が羨ましそうに見ている姿に先生が気付いて誘ってくれたのだ。

「おいでよ」

その一言が嬉しかった。僕が参加し、他の女子たちも次々とその仲間に入った。先生がいることで男女関係なくドッジボールに参加することができるようになった。この年の毎日は本当に楽しかった。

九歳の僕の体からは徐々に性の成長が現れはじめた。小さな変化は胸の大きさだった。ほんの少しだけ胸が大きくなっているような気がした。シャツを着る時に違和感を覚えた。フォルムがおかしい。胸の辺りに小さな凸ができていたのだ。僕はいつもよりダボダボの服を着て、意識的に猫背になった。そうすることで僕の胸はごまかすことができた。

もしかしたら陰毛が生え始めればちんちんは生えるのだろうか、僕は胸の大きさからは目を反らし、性の成長を僅かに喜んだ。