【前回の記事を読む】「猫は名前がどういうものかわからないし、全然気にすらない」
第三章 にゃん太郎の毎日
猫は自分の名前の単語は聞き分けられるが……
俺はどうかというと、「にゃん太郎」という単語に反応するだけでなく、それが自分に付けられた、自分の名前であることを認識している。「クロ」も、別の人が俺に付けた名前であることも分かっている。両方とも猫にふさわしい、いい名前だ。2つの名前を認識し、その意味も理解している訳だ。俺は並みの猫ではないどころか、猫の頭脳を遥かに超えた頭脳を持って生まれて来たようだ。自分でも驚くよ。
だが、それが榎本さんを傷つけてしまった。榎本さんは、「にゃん太郎」という、いい名前を思いついたと自慢していたのに、「猫にとっては名前なんてどうでもいいことなんだ」と落胆させてしまった。奥さんは、クロにもにゃん太郎にも応える俺に露骨に不快感を示した。俺はただ「すみません」とお詫びすることしかできない。
小林さんちの奥さんが、俺を「クロ」と呼んだ時、俺には「にゃん太郎」という名前があるのは分かっていたよ。けれども小林さんちの奥さんの気持ちを忖度して、それに合わせてあげていただけだ。いわゆる処世術だよ。
クロと呼ばれるのをきっぱり拒否して、そっぽを向いていれば、榎本さんを傷つけるような事態にはならなかった。俺が「にゃん太郎」という名前を気に入っていることは冒頭に述べた通りだ。こんないい名前を付けてくれた榎本さんに感謝している。人間の真似をして、処世術などという小賢しいことに手を染めたのが、愚かだった。ごめんなさい。榎本さん。
付記
その後2019年に「猫は他の単語と自分の名を聞き分けられる」という趣旨の研究報告が上智大学の研究チームによって発表された。
その研究で行われた実験は、飼い猫に飼い主の音声を聞かせるという簡単な方法だ。最初にその猫の名前と同じ長さ、同じアクセントの単語4つを音声で聞かせた後、最後にその猫の名前の音声を聞かせて、その反応の違いを観察するというもの。
その結果は次のようだった。猫は自分の名前ではない最初の音声には頭を上げて反応したが、その後の音声にはだんだん無反応となった。しかし、最後に聞かせたその猫の名前の音声で反応が回復して、音源の方を見た後、「ニャ」と鳴いて歩き始めたという。確かに自分の名の音声の単語には反応している。だが、研究者は「猫には自意識はまだなく、それが自分の名前であるとの認識はない」旨も語っている。
にゃん太郎が語っていることが証明されたのだ。だが、これは猫一般のことでにゃん太郎は該当しない。彼は自分の名前を認識していた。猫とは思えぬ優れた頭脳を持っていたようだ。