【前回の記事を読む】患者の人生の幕引きに現れる、医療者という存在は…
Passengers ――過ぎ去りし人たちへのレクイエム
看護学生
医局棟の外に出ると初夏の陽射しがまぶしい。朝の風はまだひんやりとしていて、見上げた空は青く澄み渡り、小さな白い雲が浮かんでいる。いつの間にか空を見上げることも、雲の形を追うことも、好きだった星を見ることもなくなり、目線はいつも水平から下向きであることに気付く。
教科書を白衣の胸に抱いた看護学生の集団が元気よく通り過ぎ、病院に向かう人の波は舳先でかき分けられるように左右に分かれていく。すれ違いざま私と目が合った彼女たちは、一様に大きな声で元気よく「おはようございます」と挨拶してくれる。さわやかな匂いが漂い、一陣の風が吹き抜ける。私は自分にではなく、この白衣に挨拶をしているのかな、と少し皮肉っぽく考えながら、その一方で何となく気恥ずかしくて、会釈か、ぼそぼそと相手に聞こえないような「おはよう」を返す。
看護学生に病棟で接する機会があるが、彼女たちは受け持ちの患者に熱心に声をかけ、時に私を鋭い質問ではっとさせ、たじろがせる。彼女たちは右手にボールペン、左手にノートをしっかりと持ち、こちらの一言一句を聞き逃すまいと真剣なまなざしで見つめてくる。その圧倒的な迫力に押され、私は彼女たちの質問につい熱心に答えてしまう。
病院への道沿いには花が咲き、蝉がうるさいほどに鳴いている。鳴き声からするとミンミン蝉だろうか。吹く風もまだ夜明けの余韻を残し、木々の匂いを含んで気持ちがいい。病院の玄関で私の患者を受け持っている看護学生と一緒になる。
「おはようございます」と、彼女ははにかむように私に挨拶した。「ああ、おはよう」と小さな声で挨拶を返しながら、私はそっと彼女を見た。そこには生命力に溢れる女性がいた。看護学生が担当した患者さんが生き生きしてくると実感することが多い。彼女らは実によく患者さんの話を聞き、時には手を握り、処置もたどたどしいながら熱心に行なう。何よりも同じ目の高さで接している。受け持ちになった患者さんと過ごす時間が長く、とにかく一生懸命なので、その熱意、生命力が乗り移るのかなと思う。