すずさんへの余命宣告

「きっつい」

三十半ばを過ぎて年々感じる体力の衰えと少しずつ成長しているウエストラインを再認識して僕は呟いた。駐車場から続く長い石段の途中で立ち止まり周りを見渡す。北側には残り僅かな階段が続き、その先には瓦屋根と朱色に染まる本殿の一部を確認することができる。西には雄大な濃尾平野が広がりその中でも一際目立つ名古屋駅の代名詞ツインタワーが赤い航空障害灯を点滅させている。

目線を近くに移せば国宝犬山城とその城下町を拝むことができ、すぐ横には愛知県と岐阜県をつなぐ一級河川木曽川がその存在を在々と示すかのように悠然と流れている。さらに視線を上げると三百五十メートル級の山々が連なる各務原アルプスの木々が夜を纏った夕日に照らされ、麓の街並みに影を落とし始めていた。

愛知県犬山市に建つ成田山名古屋別院大聖寺。通称「ナリタサン」の階段を僕は今登っている。いや正確にはそこで待てと命じられ佇んでいる。立派な石柱に掘られたインパクトのある企業名に興味を惹かれながら黄昏れの空を仰いだ。

十一月に入り風が明らかに冷たくなってきた。手持ち無沙汰を誤魔化すようにスマホを見ると時刻は午後五時前。重たい心と身体をなんとか動かして家に帰ろうと駐車場から車を発進させた直後に不意にここに連れて行って欲しいと呟き着くや否や無言で登り出した母「ずずさん」の背中を見る。痛みのある左足を引きずりながら黙々とだが着実にゆっくり上がっていく。ここ数年でめっきり小さくなった背中を見てから改めて体の隅々から集積した夕闇よりも濃い溜息を吐く。

つい数時間前、ずずさんは余命宣告を受けた。整った長髪の似合う血液内科医が二時間かけて丁寧に病状と治療の選択肢とそのリスクを僕とずずさんと姉の珠ちゃんに説明してくれた。次から次へと提示される情報を処理できずに、混乱している思考をどれだけポジティブに解釈して逃げ道を作っても突きつけられた余命数ヶ月の宣告だけは変えようのない事実だということは理解するしかなかった。交わす言葉が見つからないまま姉と別れたがずずさんの一言で二人きりの階段登りが始まったわけだ。