【前回の記事を読む】「淳美あなたの浮気を疑ってた。相手があたしとは気づかずに」
のぞみの結末
前原希代美が待ち合わせ場所として選んだのは、渋谷ハチ公口から歩いて5分ほどにある、地下1階の喫茶店だった。
広いけれど目をこらさないとまわりが見えにくい、ほの暗い店。希代美はドアを開け、目を細めるように店内を見渡した。
夕暮れ時のこの時間帯、店はサラリーマンや若い女性で賑わっていた。会社の打ち合わせや、別の場所へ行くまでの待ち合わせ場所に使われているのだ。店内はざわめきに満ちていた。希代美がこの店を選んだのも、まわりなど気にしないこの騒々しさが理由だった。
空いていた席に落ち着くと、希代美はバッグから派手な黄色いサングラスを出して頭上に載せた。約束の時間の15分前。ここまでは予定どおり。希代美は不安そうに時計と入口を交互に見つめていた。
(落ち着きなさい。冷静さを失わないで)
希代美は大きく深呼吸した。約束の時間から15分遅れて、グレーのシャツに濃いブルーのジーンズ姿の女性が現れた。
「のぞみ企画さん?」
「はい、そうです。どうぞお座りください」
「広いし、暗くて見つけられるかなと思ったけど、そのサングラスは一目でわかったわ」
「そのために買ったものですから。まずは飲み物を頼みましょう」
「あたしはアイスレモンティーをいただくわ」
注文の品が来るまでの間、二人はお互いを牽制するかのように、黙って相手の様子をうかがっていた。ウェイトレスが二人の飲み物とレシートをテーブルに置いて立ち去ると、希代美が静かな声で質問を始めた。
「それでは詳しい話を聞かせてもらいましょう」
「電話でも話したけど、ある夫婦を別れさせてほしいんです。実はその旦那はもともとあたしの彼で、今年の春に偶然再会したのをきっかけにまた付き合い出したの。奥さん、これはあたしの親友なんだけど、最近あたしたちの関係を怪しんでいるようなの。バレるのも時間の問題って感じ。彼ってすぐ顔に出るタイプだから」
「それで、見つかる前に離婚させてしまおうというわけですね」
「そうなの。あたしは彼を愛しているし、もともとあたしから彼を奪ったのは彼女なんだから。あたしは彼女をまだ許していないの。あたしは彼女から彼を取り戻したいだけなの」
「わかりました。やってみましょう。料金の件はお電話で話したとおりでよろしいですね」
「ええ、うまくいったときはすぐに支払います」
「それでは、そのご夫婦のことでわかっていることをすべて教えてください」
商談が成立すると、希代美はお辞儀をして立ち上がり、店を後にした。残った女性、遠藤あかねは希代美に言われたとおり5分間だけ待つと、レシートを手にレジへと向かった。