あかねは広いバスタブの中で足を伸ばしながら、今日一日の出来事を思い出していた。

(淳美はまだ光彦の浮気相手があたしだと疑っていないだろう。それにしても淳美の家であの手紙を見つけたのも何かの偶然だ。怪しいとは思ったけど、まさか相手があんな若い女性だとは思わなかった)

待ち合わせ場所で待っていたのは、たぶん電話で話したその女性本人だろう。どこにでもいるようなあまり目立たない女性だった。逆に言えば、だからこそこのような商売に向いているのかもしれない。女性の落ち着いた声を聞いて、あかねはこれは本物だと感じた。

(今日は光彦が訪ねてくる。でもこのことは絶対に言わない。光彦には不器用な正義感がある)

前原希代美は一度結婚していた。どうしようもない男。希代美と結婚したとたんに仕事を辞め、まったく働こうとしない男。希代美の前で平気な顔で、ヒモのような生活をしたかったと言える男。

「会社に行ってくる」

「今日パチンコ行くから、金を置いてってくれ」

「昨日1万円あげたじゃない」

「1万円くらいすぐになくなる。もっとまとまった金をくれよ。チマチマした金しかよこさないから儲からないんだ」

この人ならば自分を幸せにしてくれる。そう思って結婚した。結婚する前は何ごとにも積極的で頭も良く、小さなことにも気を使う理想の男性に思えた。

けれどもその才能は、女性に対してのみ使われていたようだ。結婚して気づかされたのは、理想的だと思えたこの男の才能は、ヒモになるために必要な才能そのものだったということ。結婚詐欺に騙されたわけじゃなかっただけマシ、そう我慢して2年間やってきた。

しかし、このままでは自分の人生がダメになってしまう。希代美は離婚を決意した。手切れ金として200万円を男に渡した。男は喜んで目先の金を選んだ。やはり最低の男。

けれど、これでこの男から解放される。新しい人生を歩むことができる。これで希代美の未来は明るくなるはずだった。