【前回の記事を読む】ついに話された証言。オレオレ詐欺の受け子が語った内容は…

携帯エアリー

紀香は省吾に杉田綾乃のことを話したくて仕方がなかった。しかし、省吾は高橋の相手をしていたため、イライラとしながら廊下をうろついていた。

――犯人は杉田綾乃？　毒殺ってことかもしれない。インスタントコーヒーに粉末状の睡眠薬を入れることになっていたけど、それは睡眠薬じゃなくて毒だった。結局沼田今日子が犯人じゃなかったんだわ。きっと、もうすでに死んでた死体をロープにくぐらせて鴨居に吊るして引っ張って縛りつけて椅子を倒して首つりに見せかけたんだわ！

省吾が高橋と話し終わって部屋から出てくると、省吾のスマホの着信音が鳴った。

「あっ、おふくろ？」

紀香はまた話しそびれて他の部屋に移った。省吾は母親幸子からの電話で静岡にいる祖母が倒れた知らせを受けた。静岡は幸子の実家で農家だが、祖父も八十代で畑仕事が出来ないでいた。

そこへ幸子が看病で暫く静岡に泊まると言う。夕方四時頃の出来事だ。省吾は課長に休暇願を出し、新幹線で静岡に向かった。静岡と言っても森川市。新幹線の駅があり、東京から一時間半で着く。危篤ではないと思うが、もしものことを考え急いで祖母のところへ向かった。

「紀香、今日は早退、明日は休み。そのあとはどうなるかわかんないけどさ、エアリーはお前に預けとくからあと、頼んだよ」

「わかった。気をつけて行って来てね」

紀香は綾乃のことは言えなかった。それより何より他のことで仕事どころではない様子の省吾に、自分は見放された気がした。無理もない。もしかしたら大事な人が一人死ぬかもしれないのだ。

省吾はアパートに帰って支度をして、新幹線に乗った。しかし、祖母の容態などあまり気にしてはいなかった。正直面倒くさかった。それよりエアリーやドッグを使って早く事件を解決したかった。

警視庁では、森田俊、杉田綾乃、高橋裕太はオレオレ詐欺には関与しているが、殺人事件には直接関与していないことで片づけられそうだった。

二つの殺人事件の犯人は尾藤三郎とマテウス・メディロン。

殺人の動機は電話をかけての物取りの犯行を被害者に知られたため、口封じのために殺害し、遺書を書いて自殺に見せかけた。自宅の電話に本人の声が録音されており、声紋鑑定は一致。指紋も遺書にも机や椅子にも残っていたため、十分な証拠として検察庁に提出することになった。

そして、沼田今日子は釈放された。しかし、森田俊、杉田綾乃、高橋裕太はオレオレ詐欺の容疑でまだ留置所にいた。新幹線の中で省吾は紀香のことを考えた。

――俺がいなくなると紀香はエアリーを使いながら、事実と反する他の刑事や課長の言いなりになるしかないのか？　中途半端な状態で静岡へ向かったけど、尾藤三郎とマテウス・メディロンの証拠はすべて揃っている。警察って冷たいよな、いい加減だよな。だけど、俺も同じだ。婆ちゃんが死ぬかもしれない時に自分のことばかりを考える無情なエゴイストだ。