「私のHLAの型だけが一致したらもちろん私が移植するが、兄と私の両方の型が一致したら私が移植しよう。もしも兄だけだったら、兄が移植のため入院する間は、私が実家へ泊まり込んで両親の面倒を見よう」
意思が定まると、布由子は少し穏やかな気持ちになった。その日初めて病院の一階にあるカフェで、弟の婚約者を紹介された。彼女はまだ入籍していないものの、弟の世話をしたり主治医の話を聞いたりと妻としての役割を果たしてくれていた。入院する前は下腹部が出て中年体型になっていた諭は少しスリムになり、むくみも目立たなくなった。
抗がん剤の影響で髪が抜けるため刈り上げていて、坊主頭にベージュ色の綿ニット帽を被っている。帽子は高校二年生になる娘の絵里が売店で買ってくれたそうだ。弓恵と子どもたちは前月、布由子が来た翌週に見舞いに来て沙織と鉢合わせしてしまい、ひと悶着あったらしい。
弓恵は「家族なので一緒に説明を聞かせてください」と言って医師からの治療方針の説明の際に強引に同席したので、諭はベッドの両側から元妻と婚約者に挟まれ、いたたまれない気持ちを味わった。おっとりタイプの主治医もどちらを見て話したらいいのか戸惑っていた、と諭は苦笑いしていた。