ふと、夜空を見上げると、さっき見た星の位置が、かなり動いている。時を忘れていた。少しも、動いてないのは、北斗七星だ。
もう遅くなってしまった。ちょっと先のホテルに泊まることにする。ここのホテルの最上階には、海を眺めることができる、お気に入りのBARが、ある。ドアを開ける。JAZZが流れている。スムースJAZZだ。僕は、決まって〝YOKOHAMA〟というカクテルを注文する。
ショートグラスに、美しい海に沈むオレンジのカクテル。
僕は、風の女を想い出した。だが、ここはBARだ。風の吹く余地もない。僕は、〝YOKOHAMA〟を一気に飲み乾ほし、再度、〝YOKOHAMA〟を注文した。このカクテルは、世界一周を連想させるカクテルだが。一口、カクテルを口に含む。さっきのレシピとは、微妙に違うようだ。バーテンダーに聞いてみた。バーテンダーは、すみません、少しだけ、先ほどのと変えてみましたと、言う。
僕は、軽くカクテルに酔い自分の世界に意識を向けた。僕が、初めて、カクテルを飲んだのは、大学生の頃だ。バブルの末期だ。日本経済は、トリプル高だった。証券会社の株価のボードは、ほとんどがストップ高を記録した。カネは無尽蔵にあるかのように思えた。
皆、酒に酔い、女に酔いしれた。
企業は、本業を忘れ、投資につぎ込んだ。
荒稼ぎした利益を税金で持っていかれるくらいならと、企業は学生を大量に雇用した。
接待費も湯水のごとくに使えた。
街の飲食店は、接待の客で溢れ、銀座でもどこでも、接待貴族待ちのタクシーで埋めつくされた。
広告費も膨らんだ。おかげで、広告代理店はもうかり、人手はいくらでも必要になった。
あらゆる企業が、無限の右肩上がりになる、と信じて疑わなかった。
学生の人気企業は、常に、広告代理店、証券会社、銀行、不動産会社、保険会社、航空会社だった。学生の青田買いという言葉も、生まれ、就職活動も、企業側から、交通費をもらい、学生が接待を受けるという始末だった。
公務員試験の試験日や、ライバル企業の入社試験日と、試験日を同じ日にしてあることが多く、有力企業に拘束される学生たちがたくさんいた。丸の内レディに憧れた学生も多かった。
学生たちは、アルバイトで稼ぎ、デートも派手だった。ジョルジオ・アルマーニや、VERSACEや、コム・デ・ギャルソンのスーツを着こなし、ディスコで、踊りあかす日々を送っていた。アルバイトに明け暮れ、大学の講義には、ほとんど出席しない。学生コンパで、繁華街は潤い、男も女もお洒落をして、学生生活を謳歌した。