未来への手紙と風の女
僕は酔眼をこすって、もう一度その紳士をじっくり見つめた。やがて、記憶の奥底から、その人のことが浮かび上がってきた。
「あなたは……」
「思い出しましたか、一条寺君」
「あなたは、僕が勤めていた会社の社長が進めていた商談の相手……」
「ええ、君が、あの会社を辞めるきっかけになった、あのトラブルの一方の当事者ですよ、一条寺君。あなたにはつらいことを負わせてしまったようです」
「いえ、僕はあの件では、全くの中立でした。ただ、あの会社の社長から言われて、いくつかの提案書を作成しただけです。そうだ、あの提案書を提出する際に、僕は社長に同行を求められて、あなたの前で説明をしたのです」
「そうですよ。一条寺君。君のあの提案は見事だった。私は、あの提案を受け入れたいと思ったのですよ。しかしね、わが社の調査チームが君の会社の内部でのいざこざを調べてきて、あの提案を実現する能力はないということもリサーチしてきたのですよ」
「…………」
「そうですよ。君の会社の派閥抗争はすさまじいもので、私のライバル会社に専務派が提案していた内容は、君が作成した提案内容と全く同じで、あの専務たちの能力では実現不可能でした。そして、私の所に君が提案した内容を実現するのは、あの社長でも無理なんです。君の発想の豊かさを現実のものにするためには、それにふさわしい能力のある会社でなければ無理だったんですよ。そのことを私のライバル企業は、あの専務に言ってしまったんです」
「……そんな。あの企画は専務派は知らなかったはずです」
「そう思うでしょうね。私の調査チームも言っていましたよ。専務派はあの企画内容を社長から直接盗んだのですよ。企画内容は大したものでした。しかし、それを実現することができるかどうか、それは別物です。君はあの企画が本当にあの会社で実現できたと思いますか? どうですか?」
「いえ。ただ……僕は、目の前にある課題に集中することだけを考えて、あの企画を立案しました。社長からは最高のものをと言われていました」
「ええ、最高のものでした。しかしね、一条寺君、私たちは、それを実現することが大切なのですよ。私たちの仕事は、企業への投資です。そして、投資は回収しなければなりません。最高の企画でも、実現の可能性がなければ投資できないのです。
あれは、あの会社にとって、とても大切なものでした。私たちが契約をしなければ、おそらくあの会社の命運は尽きるでしょう。専務派が提案した企業は、即座に断りました。社長には、私が直接、断りの連絡を入れました。ええ、まさに君が責任を追及されたあの日の前日でした」
「僕は……僕の役目はいったい何だったのでしょうか」
「彼らは、あの企画に会社の存亡をかけていました。そして、背伸びをしてしまったのです。君があの企画を根底から支えていることに彼らは気づかなかったのです。君はそのことを彼らに言いましたか? 言いませんでしたね。ええ、全てわかっています。私も、私のライバル企業も、あの会社の情報は全て握っていましたから」
「情報?」
「ええ、私たちは、情報が全てです。表向きの情報ではありません。内部の奥深くに隠された情報です。それを知ることが私たちの生命線です。どのようにしてその情報を手に入れるか……それは企業秘密です」
「情報ですか……」