【前回の記事を読む】映画企画の裏にいるのは日本政府!? 隠されたその思惑とは…
打ち合わせ
エレベーターに乗り、上層階で降り立った。しばらく歩いて一室に入った。そこには先ほど玄関先で見知った番組のスタッフが数名すでに待機していて、テーブルには資料、計器、計画表などが準備として揃えられていた。
入ってきた五人はスタッフの挨拶を受けるとそれぞれ的確な椅子に座った。
「では、ただ今から放送局特番『インドから千年の暁を超えて』の放送に関しての打ち合わせを行います。私は番組全体の統括を受け持ちます秋山孝志。こちらは番組司会とナレーションを担当いたしますジャーナリストの笹野忠明さん。こちらは担当ディレクターの吉原修二君です。そしてメインの出演者、俳優の婆須槃頭さん。映画監督の新藤由美子氏、映画製作者の佐々木洞海氏です」
秋山はざっとメインスタッフの紹介を終えた。
「本日は打ち合わせ第一回目ということで、大まかな輪郭だけを押さえることといたします」
秋山は司会をディレクターの吉原に譲った。
「では私から一言。この特番は一週間後に第一スタジオを全面使って録画することといたします。要する時間は二日間。そこにあります計画表に基づき進行しますが、婆須槃頭さんの出演されました五本の映画のダイジェストを挟みながら、概ね座談形式で進み、合間に日印中露米の五か国のここ五十年の政治的葛藤を折り込みながら、千年のスパンで人類社会の行く末を見定めるといった構成になっています。婆須槃頭さんの初の日本映画出演を祝い、テレビ界からもエールを送るといった粋な演出も考えています」
聞いていた婆須槃頭は計画表と吉原とを見比べていたが、やがて一言を漏らした。
「エールといえばもっと送られてよいことがあるな」
「え?……」
「私の出演した映画と座談の肉声では、弱すぎるということだ」
「といいますと」
「私にぜひ歌を歌わせて欲しいということだ」
「な、何を歌われるんですか」
「ロシアとアメリカの歌を原語で」
「番組の中でですか」
「そう。背後にオーケストラの演奏が欲しいし、バックに男声コーラスもいて欲しい」
「曲は何でしょうか」
「この特番にふさわしく、ロシア歌曲『鶴』と、アメリカのミュージカルナンバー『オールマンリバー』だ」
吉原ディレクターは絶句した。彼以外もみんなが耳を疑った。
私もこの法外な要求にたまげたが、秋山だけが違っていた。
彼は計画表と予算書を見比べていたがやがて口を開いた。
「いいでしょう。そこまで言われるのなら。やってみましょう。ただし、あなたの希望通りゆくかどうかは今は断定できませんが」
私はとっさに彼、秋山の全共闘戦士としての意地と矜持をそこに感じた。秋山は携帯で連絡をとり始めた。
「婆須槃頭さん、映画の撮影はいつからですか?」
秋山の問いに新籐がとっさに答えた。
「この番組撮りが終わった八日後からです」
「ずいぶん時間がありますね」と再び携帯で連絡をとり始めた。