他愛もない転機
その場凌ぎと帳尻合わせ 《十一歳~三十歳》
「あぁ、夢を見過ぎて、目が疲れた……」
幼い頃の迷台詞は、長じてからも両親の語り草となった。
恭平は目覚めると直ぐ、時に得意気に、時に泣きながら、見たばかりの夢を訴えた。母親は笑顔で相槌を打ち、父親は奇想天外ながらも筋の通った話に苦笑していた。そんな両親の関心を引こうと、恭平は虚実ないまぜの夢物語を語り続けていた。
社会人になっても還暦を迎える頃まで、恭平は試験の夢に苛まれていた。大学受験を間近に控え、何の準備もできていないことに焦り、七転八倒した挙句、
「待てよ!? もう俺は社会人だし、大学受験なんて関係ないんだ……」
夢と現の境界で人心地ついた様を、妻や子供に話して呆れられていた。
このところ試験の夢こそ見なくなったが、買掛金の支払いや給与の支給、借入金の返済や賞与の資金調達など、未だ資金繰りに苦悩する夢にうなされる。
「そうだ!? やっと経営も安定し、月末だからと慌てなくて大丈夫だ……」
目覚めても動悸は収まらないが、この悪夢については誰にも話したことがない。本川恭平は七十三歳の今日まで、恥ずかしいほど好い加減に生きてきた。信じられないほどツキに頼って生きてきた。その報いとして今日があるとも言えるし、それにしては恵まれた人生とも言える。
神様から、同じ人生を「もう一度繰り返せ」と命じられても、これまでの人生の轍から一歩でも外れたら地獄を見てしまいそうで怖いから、勘弁して欲しいと懇願する他ない。それでも、もう一度人生を「やり直すチャンス」を与えられたら、迷うことなく小学校五年生の二学期から再スタートしたい。