健一は西方市への今回の報告書で、屎尿汲み取りの業務がいかに市の市民見守りサービスに貢献できるかを具体例と数値を挙げて説明し、地震や大雨などの自然災害が起きる可能性の高いことを強調し、災害時の屎尿処理のためのバキュームカーの増車、人員確保のために早急の予算拡充が必要であることを訴えようとした。
そしてその業務に耐え得る経験とノウハウを持ち合わせているのは、七十年以上の業務経験と実績がある藤倉産業だけであると断じ、アピールすることにした。
健一は自分の持っているビジネス百科事典や文書実例辞典などの、分厚い書籍を開いて、今回の事案に合う資料や文面を拾い出し、作業日報や災害時の行政活動についての資料などを見ながら、報告書にまとめていった。
鉛筆で字を書くことが困難な健一にとって、下書きをしながら、訂正をしたり、文章の順番を変えたりしながら、同時に清書ができるワープロは、このうえなく便利なツールだった。健一は、比較的動かしやすい右手の中指一本でワープロに一字一字入力していくのだが、それでも手の震えのせいで隣のキーを頻繁に押し間違えてしまう。
その場合、バックスペースキーで文字を消して打ち直すが、ともするとすぐ下にある大きめのエンターキーを押してしまう。すると文章が改行され、尚更訂正に時間がかかってしまうという具合に、健常者には想像できない作業過程を経ながら文章を作成していくことになる。
健一は普段書類作成をするときなどは、できるだけ急ぐことをせずに、ゆったりとした気持ちを保つことを意識していた。そうすることが手の痙直や震えを抑え、作業のスピードアップにつながるからだ。しかし、その夜、健一が会社の作業日報を調べて報告書に使えそうな事例を拾い出し、参考文献を見ながら報告書を六章に分けて要旨をまとめるだけで、既に時刻は二時三十分を過ぎていた。
健一は焦った。このペースでは朝まで間に合わない。
仕方がないので、少しでもタイピングのスピードを速めようと、普段は一日一回朝だけ飲む、筋肉の緊張を和らげる薬を飲んだ。しかし、それがまずかった。健一は薬の作用で筋肉が弛緩すると、昼間の疲れも出たのか激しい眠気に襲われて、知らない間に眠ってしまったのだった。