【前回の記事を読む】彼女を理解するには甘すぎた…あの世の者の本性を探る決意

真理との出会い

日常での個人的なつき合いでは、いくつかの音楽サロンへ出入りすることで知人や友人ができ、その人たちと語らうのがクラシック愛好家の来栖には唯一の社交生活といえた。それらの一つに、室内楽を専門とするグループを招いて不定期に音楽会を催すサロンがあったが、その例会には高校時代に同級生だった葛城に誘われ参加したのが最初だった。

葛城のほうは人の集まりなどには出たくないような生活ぶりだったので彼からの誘いも意外で、来栖は喜んで応じることにした。恭子の死を契機にあまり外出もしなくなり、百合の叔父が運営する音楽サロンからも足が遠のいている時期だった。

結果からいえば、来栖は空いた時間を新しい音楽の集いに参加することで埋め合わせをする気になった。同じく社交的とは言えない人間になっていた葛城の意外な提案でもあり、心機一転して友人ともども外交的で社交的な生活を取り戻そうかといった気持ちもあったのかもしれない。

音楽サロンを開けるという前提としては、ある程度の経済的余裕があり、交友関係を結んでいる一定数の知人や友人を持っている人物が必要である。葛城の話によるとこのサロンの運営者が正真正銘と呼ばれるほどの音楽好事家で、特にクラシックを愛する人間だということだった。音楽サロンなど絶滅危惧種の社交場といわれる時代にあって、しかもクラシック中心の運営とあっては本当に奇特な人物といえる。

参加する側では根強いアナログ人間が大勢を占めていた。クラシックを聴くには生の演奏に限るという信念を持ち、音源媒体でもCDやDVDを遠ざけ、むしろレコードやテープから流れる音楽を尊重していた。サロンでは経費節約のためか、昔の名盤を紹介したいとの主宰者の好みでもあるのか、例会の半分ぐらいは生の演奏でなく、単に『クラシックレコード鑑賞会』の形で催された。来栖と葛城はこの例会で、同じく参加者の真理に出会ったのである。

真理とは会が終わっての帰途が同じだったため、それが縁で二人は彼女と話をするようになり、親しくなっていった。来栖からすると男二人と女一人から成るグループデートというのだろうか、三人での淡々としたつき合いを始めたのは恭子が亡くなって一年が過ぎた頃だった。