第一章  突然の別れ

ヴェネツィアで

パソコン画面を操作した。手が震えた。今度は先程と違って、目は見えているのに指が言うことをきかない。大理石の床に、こぶしをガツンガツンとぶち当てた。やっと気が戻って、旅行社にメールした。

「夫が急逝したとの連絡を受け、気が動転しており間違えてしまいました。どうか一日早い便に振り替えさせてください。なにとぞお願い申し上げます」

届け! 頼む! 

五分も経たずに、返事が来た。振り替えのできたことが通知され、末尾に「心よりお悔やみ申し上げます。道中、お気をつけてお帰りくださいませ」と書かれていた。本当にありがたかった。

その後、冷静でいられなくなりそうになると、こぶしを大理石の床に打ちつけて、作業した。

午前〇時、日本時間午前八時。娘から電話が入った。

「ママ、どうしよう。オーパに電話してるけど、つながらない」

声が震えている。今度は私が落ち着かねば。

「まだ寝ていらっしゃるんだと思う。五分おきに電話して」

「直接は行かないほうがいいよね?」

「まず電話してからのほうがいいと思う」

「そうする」

二十分後。

「オーパとつながった。今から、行ってくる」

「頼むわね。オーパのお力になってあげてね」

「……わかってる」

孫の訪問を、喜々として出迎えるいつもの義父の姿が目に浮かんだ。義父にとって、娘にとって、なんとひどい時間になることか。義父は、たった数時間前には、こんなことになるとは夢にも思わずにベッドに入ったはずなのだ。今日も元気に過ごそうと思って、起きたはずなのだ。それなのに、なんの前触れもなく、聞かされることになるなんて。義父は、心臓に不整脈の持病を抱えている。高血圧でもある。どうか倒れないでください、と祈り続けた。三十分ほどして、娘から電話が入った。

「行ってきた。話してきた」

「どうだった?」

「うーんと言って目を閉じて、しばらく顔を天井に向けてた。それから、『わかった』って言った」

「それだけ?」

「事故のこととか聞かれたけど。病院のこととか……。知ってるだけ伝えた。『ママは?』と聞かれた。明日の昼には帰ってくると伝えた」