都心に人工湖

ハンブルクは人口一六五万でドイツ第二の都市である。AD八〇〇年には大司教区として繁栄していた。

その後数々の災厄で、現存の建物は全く新しいものである。特にひどかったのは第二次大戦で、主として焼夷弾による無差別都市爆撃を行ったのは英国空軍である。ハンブルク大空襲では火災旋風を起こし四万四千名の市民が犠牲になった。

これを見守っていたのがアメリカ空軍のルメイ将軍である。その後一九四五年一月、ルメイはマリアナ方面の司令官つまり対日爆撃の担当者に着任した。彼は東京、名古屋大空襲も含め、原爆も含め四〇万以上の民間人を殺害していたのだから、日本側から見たらA級戦犯である。すべてはハンブルク大空襲が原点なのである(深田祐介氏の資料による)。

そんな市街も見事に復元されている。中央駅を降りてUバーンでラートハウス(市庁舎)へ出た。一〇〇年程前にネオルネッサンス様式で建てられた重厚な内装。マルクト広場は市が立っていて、活気あふれる風景。

徒歩で内アルスター湖岸を周遊し人の流れにまかせて非常に洒落たハンゼ・フィアテルのショッピングアーケードに入ると、そこはハンブルク一番のブランド街だった。この建物は一九八一年に建てられ、外観は形態、素材共に古い建物の街並みに調和させている点で優れている。アーケードが多いのはハンブルクが寒冷の地だからである。

この後、緑の尖塔のある聖ミヒャエル教会の展望台で市街を見渡す。南方にハンブルク港としてのエルベ河が大きく見えた。八月十二日朝から観光バスで市内見物をした。ただしガイドはドイツ語だけなのでさっぱり判らない。要点はドクターに説明願って面倒をかけた。

ハンブルクの特徴は、都市のほぼ中心に内アルスター湖と外アルスター湖という二つの人工湖が横たわっていることである。人工湖の中央に最近、華やかなオペラハウスが完成し、港町ハンブルクに名所ができた。バスはこの湖の周りを大きくまわった。この湖は港街特有の荒々しい環境に癒しの美しさを与えている。

バスはザンクト・パウリ桟橋で終点になり、前面にエルベ河の広大な水面が広がる。ここからは遊覧船の港巡りである(三八ユーロ、バス代共)。