アストラルな池を潜り抜けて

フォールは、すっかり満足して、家路につきました。ところが、小さな薄気味の悪い池の周りの泥道を呑気に歩いていると、池に頭を下にした小さな体が浮いているのに気が付きました。

いつだったか夢の中で、女の子が行方不明になり、その女の子はガイドをしてくれた男の人の娘さんだったという話を思い出しました。

宵闇が迫っていましたが、月明かりのおかげで、池の向こう側の、底に深く根を張った一本の樹の奥に、水草や藻の間で意識を失って浮いている女の子の体が良く見えました。

一瞬、ギョッとしながらも、女の子をじっと見つめ、どうして誰も彼女を助けに来なかったんだろうと思いました。ですが、すぐに、どういうわけか自分以外の誰にも、女の子が見えないからだと気づきました。彼はわずかな躊躇いを覚えながらも、家に帰りたくてたまりませんでした。「結局、まだ試練は終わってなかったんだ。最大の、最難関の試練が示されてるんだ。これは、家に帰る前の最後の試験だ……」と彼は思いました。

おぼろげに光っている池は、気味が悪いほどに美しく、なんだかオバケでも出て来そうな恐ろしい風情でした。水底に根を張った異様な樹と、不吉な感じで浮いている藻に挟まれて身動き一つせぬ女の子の体。そのわずか数メートル先に、50センチほどの高さの木の柵みたいなものが、池を分けるかのように巡っているのが見えました。

「もしも飛び込んであの子を助けたとしても、ぼくは帰っては来れないかも……」彼はため息をつきました。「やっと家に帰れるという時になって……」彼はもう一度池に目をやると、一瞬のうちに池に飛び込み、藻と水草の間を泳いでいったのです。

最初は力強い泳ぎでしたが、数掻きもすると、手足は力を失い、感覚がなくなってきました。腕も脚も重くて、まるでまだものすごい距離を進まなければならないかのようでした。すべてがスローモーションのようで、手足は重くなるばかりでしたが、その時、何かに掴まれたかのように強く水の下に引っ張られました。真っ暗闇の世界でした。彼はさらに引っ張られ、心までが無感覚になっていきました。

次第に意識を失い、深い、暗い水底に引きずり込まれていくのを感じました。すべての終わりのように感じられ、フォールは一瞬、このままでもいいと思いました。もう自分には無理だ、疲れすぎていて、もう動けない、沈むに任せようと思いました。ところがその時、ふと上に目をやると、意識を失ったその女の子は、もうすぐそばなのでした。あとほんの数掻きのところにいたのです。

突然、体の中で火花が起こるのを、何かものすごい力が未知の深みから湧きあがってくるのを感じました。そして、「ちがう、今止められてたまるか!」という思いとともに、彼は力を振り絞って、朦朧とした意識の底から這いあがり、まさにスーパーパワーを手にして、人間の基準では考えられない勢いとスタミナで泳ぎ始めました。