十一月〜三月
ヒカルと話をするようになってから何回目かの金曜日。
この日テーブル席の斜め前に座っているヒカルは参考書を開いて勉強をしていた。スラスラ読み進めている感じではなく、むしろ苦戦しているようにみえた。そんな彼女を見ながら、ふと思いついた。
「受験勉強?」
「はい」
「文系? 理系?」
「一応、文系です。でも文系なのに、英語と歴史が全然ダメで」
なるほど。
「ちょっと見せてもらっていいかな?」と許可をとって参考書をパラパラと流し読みする。俺にとってはそれほど難しくはない。なるべくさらっと聞こえるように言った。
「良かったら、英語だけでも少しみようか? 俺、英語は多少できるし、大学生の時に家庭教師をやっていたから、大学受験の英語だったら多分教えられるよ」
内心賭けだったが、
「いいんですか? じゃあお願いします」
思いの他あっさりと受け入れられた。こうして俺は、家庭教師的なポジションに収まることができた。心の中で桃に「やったぞ!」と呼びかけた。今から思えば、自分にしては大胆なアプローチだったと思うが、「桃のため」という気持ちが強かったからできたのだろう。女の子は敏感だから、もし下心で近づいたのだったら、こう上手くことは運ばなかったと思う。
俺は桃に話した。ヒカルの個人的事情を自分から根ほり葉ほり聞くことはしたくない。もし俺が彼女だったら、そんなことしないで、何も言わず助けてくれる存在が欲しいはずだ、と。もちろん、自分から話したくなったら、その時は相談に乗るからと。
「原因を明らかにしなくても、進学させるなりなんなりで彼女の状況が変われば、とりあえずそれでいいだろ?」
「かたじけない。本当に感謝している」
言葉通りにかたじけない様子の桃に、俺は慌てて付け加えた。
「だけどまだうまくいくとは限らないぞ。あくまで努力目標だからな」