敬一さん、心筋梗塞にて意識を失う

8時24分開始のパーティーだったが、5分ほど遅れてスタートした。さすがにお医者さんの持ってる名門クラブだけのことはある。キャディさんが比較的若くて礼儀正しいので、みんな段々気分が乗ってきた。ハンディが一番少ない敬一さんであったが、ハンディを考慮に入れても、いつも良い結果を出していた。

その日は、ドライバーの当たりもよく、変な力が抜けていたせいか、敬一さんのショットはとても冴えていた。パットはもともと得意な方であり、ハーフを終わって39と、当初の諦めとは裏腹にそこそこいいスコアを出していた。

「かえって気合いが抜けているときのほうがいいんだよな、俺のゴルフって」

そんな都合のいいことを考えながら、敬一さんは調子に乗って生ビールを2杯も平らげていた。あまり水やお茶などを飲まずに、昼休憩のときにはビールとサンドイッチだけを口にした。前の日の残りもあるので、かなりいい気分になって、昼からのラウンドに向かいながら、

「またさらに力が抜けて、もっといいショットが出るんじゃない?」

なんて呑気なことを、敬一さんは考えていた。

クラブハウスで勝負色の赤のマンシングウエアのポロに着替え、すっかりやる気になってきた敬一さん。彼はずっとマンシングウエアで、自分の中では、赤色が運がいいと思っていた。周りがアディダスやナイキなどの大手スポーツメーカー系のウエアに変えても、彼はマンシングウエアにこだわりを持っていた。体がだるいことも、なんだか気にならなくなっていた。

「赤のマンシング着たんだから後半は30台前半か、ひょっとして今日は自己ベストにいくんじゃない?」

都合のいいことを考えるとき、敬一さんはやたらと鼻を触るのであるが、このときの彼の鼻は真っ赤になるくらい、あちこち触られていた。

後半のラウンドもなかなか調子がよく、3ホール目のロングコースではバーディーが出てしまう。調子のいいときはスイングもいいに違いないのだが、この日の敬一さんはパットがまた絶好調。3~5メートルのパットはほとんど一発で仕留めていた。体の力が自然と抜けていたことには気づかない敬一さんは、

「じゃあ、次のホールはドラコンしない? 聡さんよく飛ぶし、また持っていかれるかもしれないけど~」

なんて言いながら、

「今日の俺だったら聡さんにも勝てるかもしれないわ、次しっかり叩くぞ」

仲間内では恒例であった、後半のドラコンで初めて勝つつもりになっていた。