Ⅳ 濡れる石畳
朝から雨が降っている。大降りではなく、小糠雨と言った感じだ。
私は折りたたみ傘をさして、一日目の昨夜に落としたイヤリングを探しながら外に出てみると、どこも店が閉まっている。おかしい。どうもいつもの街並みと違う。そういえば、今日は日曜日だ。教会のための一日。日本人である私は今日が安息日だということをすっかり忘れていた。レストランもたぶん今日は休みだろう。どうしよう、彼に会えないではないか。
今日は二日目、明日は帰国日だから、今夜と明日の昼間しか時間がない。彼から電話は来るのか不安を抱えた私は、祈りのために教会へ行こうと、映画『ダ・ヴィンチ・コード』に出てきたサン・シュルピス教会へ出かける。ここは今度パリに来たら訪れようと思っていたところだ。実際に見学すると、ノートルダム大聖堂ほどではないにしても、教会の内部はさすが映画に出るだけのことはあるなという教会だった。ただ私の心は若干上の空だったかもしれない。
教会の斜め前の通りには、かつて彩子と訪れたマカロンで有名な菓子店ピエール・エルメがあった。右岸からポンヌフを渡って探すも、どうにもわからずタクシーで連れてきてもらったことは懐かしい思い出だ。その隣にはクスミティーがあったが、こちらはクローズ。昨日着いてすぐラファイエット・グルメでクスミティーのアールグレイの大缶を買ったので欲しいものはないが、どんなお店か覗いてみたかった。
それから近くにマルシェがあるとのガイドブックの情報を頼りに歩いてみると、嬉しいことにマルシェは開いていた。それは言うなれば、スーパーよりもデパートの食料品売り場に近いイメージ。日本の紀ノ国屋とか明治屋を大きくした感じかな。M&Sというイギリス外資の大手スーパーらしいのだが、十一月に入るせいかクリスマス商品がラインナップされてまさにヨーロッパを肌で感じることができた。私は昨夜の甘い思い出とともにゆっくりとマルシェのカートを押す。
「このチョコレートはクリスマスまでのカレンダーだから、毎日一つずつ数字が書いてある窓を破って食べるのよ」
見知らぬ親切なマダムが私に声をかけてくれる。おいしそうなケチャップも買う。生のウインナーソーセージが冷蔵されているけれど、今回はアパートメントホテルに泊まっているわけじゃないから調理ができない。せめて部屋に湯沸かしポットでもあれば……と、後ろ髪引かれる思いでそのソーセージに別れを告げる。彩子の好きなショートブレッド、我が家用にパンやお菓子をカートに揃えるとパリ市民の心地でレジに向かう。
マルシェから出て反対側の大通りを眺めると、あれは昨日、彼と初めてデートをしたカフェではないか。すると昨夜見たイルミネーションはこのマルシェの煌めきだったか。彼への思慕が急に胸にこみ上げてきて私は思わず昨夜のカフェのほうへ足が向くのだった。
秋灯の消えて左岸の恋もまた