牛塚は、また重ねて質問した。
「それでは、たまたまそのときレストランのトイレがすべて故障していて、使えなかったとしたら君たちはどうする?」
と聞いた。それに対して健一の友人の遠藤は、
「そんなことが起こるのはまれだと思いますが、もしそうなったら困ります。取りあえず、近くのコンビニか、公園のトイレを見つけて用を足します。それから戻ってご馳走をいただきます」
と少し困惑げに言った。次に、牛塚は健一に聞いた。
「君は、さっき食事とトイレのどちらが大事で、どちらを優先すべきかと聞いたときに、『食事だ』と答えたね。それなのに、なぜ今は、豪華なフランス料理を食べるのを後回しにして、トイレに先に行くと、みんな言うか分かるかな?」
健一はそう聞かれてハッとした。健一は脳性麻痺のために全身に障害があるが、その障害の一つの症状として、排泄機能の調節がうまくいかないことがある。我慢できなくて漏らしてしまうということではないが、排泄の回数が人より多いのだ。大便は一日に五~七回排泄し、医師の話によると、腸が非常に敏感なので腸内に便があると、すぐに反応して腸の動きが活発化して、すべて排泄するまで止まらないからではないか、とのことだった。
そんなわけで健一にとってトイレは、普通の人よりも生活していくうえで、かなり重要なはずだった。それにもかかわらず、牛塚の質問に対して、「食事」と答えてしまった自分が不思議に思えた。
牛塚の質問に明確な答えを見い出せないでいた健一は、
「なんだか、不思議な気持ちで、明確な答えを見つけられません」と答えた。
すると、牛塚は少し微笑んで、
「あんなにトイレが近い高井君でも、分からないようだな。ちょっと考えてみれば簡単なことだよ。食べることは、ある一定の間は我慢できるが、トイレは、そうはいかないという、ただそれだけのことだよ」
と言って笑った。しかしその後、今度は少し真顔になって話し始めた。
「でもね、僕はこの問題の奥には、我々がもっと深く思索をめぐらせなければならない、とても大事なことが隠されているような気がしているんだ」
と言って腕を胸の前で組んで、
「う~ん」
と唸って言葉を続けた。