今思うと、こどもが好きか嫌いかということと、作る作らないは別問題だったので、妻が妊娠を嫌がっても、夫が強引に仕込んでさえいれば良かった。

夫婦である以上、こどもができるのは当然の成り行きだったからだ。

こどもがいれば、ああして平和な家庭を築いていられたのになあ……それがどうであろう、今は、智子が急死をとげたために、その死を究明しようと、はるばる金沢の地までやって来て、他人の郵便受けを盗み見ている……そう思うと自分自身が情けなかった。

達郎はいったんホテルに戻った。部屋に戻ってあの井上信之輔の顔を思い浮かべると、また無性に腹が立ってきた。備え付けの冷蔵庫からビールを出して、思いっきりあおった。

さらに、アイスボックスに入っている氷といっしょに、ウイスキーのミニチュアボトルも空けた。夕暮れ時の飲酒は酔いが早く、ベッドに横たわったまま、眠りについてしまった。

夢をみた。達郎が、松越百貨店の井上信之輔の部屋に入ると、智子が井上と抱き合っていた。達郎が、叫びながら、ふとんをはがそうとしても、力が出ない。

二人は、依然として抱き合ったままだ。その場では、自分が無力だった。まるで、幽霊にでもなって、上から二人のいとなみを見ているようだった。

達郎は歯痒くて、たまらなかった。後で井上がマンションから出てきた所を待ち伏せして、ナイフで刺し殺してやろう、と思った瞬間目が覚めた。

三時間も経っただろうか、ベッドの脇のデジタル時計のグリーンの数字が午後八時五分を表示していた。

達郎は、身なりを整えると部屋を出た。一階に降りて、レストランで夕食を取った。そこでも、ビールを飲んだ。

再びホテルを出ると、バスに乗った。

そして、先ほどと同じ城南町2丁目の停留所で下車した。

※本記事は、八十島コト氏の書籍『店長はどこだ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より、一部を抜粋、再編集したものです。