殺人現場
捜査本部の五人は、金沢市内の結婚式場を片っ端から当たった。
一九九〇年十月十日にSとIという頭文字の組み合わせのカップルが結婚披露宴をその会場で行ったか、という尋ね方をした。その調査を開始した初日こそ、捜査員は各結婚式場を歩いて、確認して回っていた。
しかし、余りにも手間がかかり過ぎるし、また捜査員の人数も五人と少なかったので、大東は電話による調査に変更するよう指示した。
その結果、調査の三日目にして、金沢市内の結婚式場、ホテル、宴会場、協会、町の公民館などの公共施設など、結婚披露宴を行うことが可能な全ての場所において、SとIという組み合わせの夫婦が誕生していないことがわかった。
大東は、次に調査を石川県内に広げた。十日ほど経って、やはり石川県内にもこの二人の足跡はないことがわかった。
次に富山、福井両県を調べた。これには二週間を費やした。この経過を見て、大東、磯山とも、この披露宴は北陸地方ではなく、東京圏で行われたものではないかという気がしてきた。東京で行われた披露宴だとしたら、井上が出席して、もらってきた引き出物である可能性が高い。
「やはり、害者がもらった引き出物なんでしょうか」
磯山がビニール袋に入った花瓶を持ち上げながら言った。この頃になると、花瓶を持ち上げる癖が磯山にはしみついていた。
「うーん、害者がもらったものかもしれないが、もしかしたら、女が東京にいて、東京で行われた披露宴でもらったものかもしれない。したがって、女が金沢の人間だとこだわることはない、東京の女の可能性もある……」
「それじゃ、東京都内を洗うことにする」
大東が、捜査員に最後の発破をかけた。大東は、口にこそ出さなかったが、これで見つからなければ、捜査は迷宮入りになるような気がしていた。それはまた部下の磯山も同感だった。二人は視線を合わせると、無言でうなずいた。
捜査も二年以上が経過してくると、上司と部下の間には阿吽の呼吸が形成されていた。捜査本部の五人は、分厚い東京都内の電話帳をめくりながら、我慢強く聞き込み調査を開始した。
すると、以外にも調査を始めてすぐにそれが判明した。大東警部自らが電話をかけていた相手だった。それは東京都千代田区内にある有名ホテルだった。披露宴が行われた後、当日の招待客の引き出物として配布されたものであるということがわかった。
その日の午後、大東と磯山の二人がこのホテルに急行した。ホテルの支配人は親切に応対してくれた。新郎のSというのは、フルネームを千葉真治といい、新婦のIは旧姓を河北逸美といった。
この千葉、河北両家の当日の招待客は百二十三名だった。ホテル側には、披露宴の招待状を筆耕した関係で、全出席者の氏名と住所が保存されていたが、その中に井上信之輔の名前はなかった。
同時に、井上という姓もなかったので、井上の妻が出席していたとも考えられなかった。大東たちは、千葉夫妻に電話を入れた。やはり、夫妻は井上とは何の面識もなかった。夫妻に事情を説明して、招待客を洗うことにした。この捜査はその夜から開始した。