「最近、聞かなくなった言葉ですけど、あの頃、アダルトチルドレンとか、そんな言い方も流行ったじゃないですかぁ。自分がそうなのかもな、って思った時、少しだけ楽になれたんですけどね」
彼女が幼い頃に亡くなったお父さんと、シングルマザーという立場のお母さん。そのお母さんを、未だにバルちゃんは「ママ」と呼ぶ。
「ママはまだ元気に働いてるし、私が不安定なお仕事していられるのもママのおかげだし」
んふふ、と笑みを浮かべながら、バルちゃんは上目遣いに佑子を見つめた。
「沙織は、私を解放してくれたんですよ。本人は多分、なぁんにも考えてなかったんですけどね。保育士さんになって、緒方くんが就職したらあっという間にお嫁さんになって。もうすぐママになるんですよ。ホントに強い子なんだと、思いますよ」
沙織さんと緒方さんは、バルちゃんの望洋高校での同級生だ。つまりはヒロさんの教え子でもある。二人とも、まだ会ったことはないけれど、バルちゃんと話しているとよく名前が出てくる。望洋高校ラグビー部初代キャプテンの緒方くんは、多分基とも話が合うんじゃないかな。
「バルちゃん、さ。ストレートに言ってもいいかな。いつも自分のコンプレックスのこと言うけどさ。バルちゃんの周りにいる人たちって、何でそんなに魅力的なのかな、って私、思うよ」
「ユーコちゃんと知り合えたのも、だよねぇ」
「切り返して、ごまかそうとしてるでしょ」
多分、ワインを口にしていなかったら、バルちゃんは口を閉ざしてうつむいてしまうシチュエーション。でも、うっすらとした酔いだけじゃなくて、自分の料理がみんなに満足を与えた実感が、今の彼女に小さな自信を灯らせている。
「菅平にはね、大磯東の写真や、頑張ってるユーコさんの写真、撮りに行っただけじゃないの。女子のセブンズの大会や、女性の公認レフリーや、頑張ってる女の人、写したいから行ったのよ。でもね」
んふふ、ともう一度柔らかな笑顔。
「宿のおばあちゃん。お昼に畑から帰って来たおばあちゃんの、何気ない仕草と笑顔、おばあちゃんが作ったお味噌。とてもかなわない、って、思ったのよ。ちいちゃなおばあちゃんだけど、すごく大きいって、思ったのぉ。そうじゃなぁい? ユーコちゃん」
佑子も深く頷く。こんな話をバルちゃんとできたのは、この夏の午後の最大の収穫だったかもしれない。