小さなボタンの夢
フォールはいつの間にか、大きな石の城の中にいました。城は高い崖の上に聳えていて、見下ろすと、谷と山々が広がっていました。彼は囚われて、この荒涼とした部屋に閉じ込められているのでした。部屋の片側には小さなバルコニーに通じる扉があって、そこから、ものすごく高く険しい岩壁に繋がっていました。バルコニーはやっと扉が開く程度の小さなものでした。フォールはバルコニーに出て、下を覗いてみましたが、逃げ出す術はなさそうでした。
とは言え、眺めは息を呑むほどでした。山の裾野が広がっている左手には、背の高い樹々の生い茂る森が続いていました。紺碧の空と深緑の森……それはそれは美しく、フォールは痛いほどに自由を請い求めていました。
すると突然、どこからともなく荘厳な声が響いてきて、恐れを振り払うなら、逃げ出せると言ったのです。「そこから飛び出せ。そこから飛び上がるのだ」
その声には抗い難い力がありました。フォールは再び目の前の切り立った岩壁を見下ろしましたが、絶望的でした。こんなところから無事に逃げ出せるものか? その声はなおも続けました。「ボタンを押しなさい、信仰のボタンを」
えっ! なんだって? 何のボタン? ところが、下を向くと、小さな黒の四角いボタンが胴に付いているのでした。何なんだろう? いつの間に付いたんだろう? このボタンを押すのかなぁ……? そしたら、どうなるんだろう? ジャンプ?? 切り立った崖を見下ろすと、眩暈と恐怖に襲われました。疑念と恐れが再び頭をもたげて来ました。彼は恐るおそるでしたが、やっと、ついに、自由への憧れの方が心に抱いていた恐れよりも強いことがわかりました。やってみることにしたのです。「ダメなことがあるものか? ここに閉じ込められていたって、結局は同じだ」
そうつぶやくや否や、彼はボタンを押して、一気にジャンプしました。
何ということでしょう。彼は落っこちなかったのです。空中に浮かんでいるのでした。「どうなっちゃってるの? なんてこった!」そう言いながら彼は、飛べるのが嬉しくて、大胆にも空中をはしゃぎまわって上がったり下がったりしていました。「ほんとだ、ほんとだ! あそこから本当に飛び出せたんだ! しかも、あんなに簡単に!! あんな断崖絶壁の城から抜け出すのが、これほど簡単にできることを、知っていさえすれば!」
辺りを見回すと、山の傍らに樹々や森や草原が広がり、地面ははるか下の方に見えました。なのに、落ちないでいられる? 「信じたからだ! 信じられたからだ!」そう叫んでいる最中に目が覚めました。
†††
「ワオ!」フォールの目がパッチリ開いてしまいました。まだ真夜中でしたが、体中にエネルギーが漲るのを感じました。どうしてだかわかりませんでしたが、夢の中でつぶやいていた言葉が、まるでパズルへの鍵のように、頭に響いていました。「あんな断崖絶壁の城から抜け出すのが、これほど簡単にできることを、知っていさえすれば!」
そこには、言葉以上の意味が含まれているように思われました。もっと深く考えるべきだとは思いましたが、瞼が重くて、目を開けていられませんでした。彼は再び眠りに襲われ、不思議なことに、またもや、古い中世の高い高い城の中にいるのでした。