ちょっとお待ちなさい

何がなんでもそれは言い過ぎでしょう

悪質な偏見です ご自身の偏見によって女性を貶めるものです

というような批難が集中するかもしれない これに対してはフロイトの言舌に委ねたい

同様な事例に対してこの老獪な分析家は 解剖学的性差としての両性性という立場からこう言った これはあなたには全く当てはまりません あなたは例外でありこの点に関しては

女性的ではなくむしろ男性的なのです(女というもの)と言った

だがこの発言は 却って一層激しく執拗な反論を煽ることになってフロイトを悩ませ

フェミニズム運動の格好の標的になったことを付記しよう

人間はじつはエスの無意識に生かされているのであり

自己は自己の主人公ですらあり得ないという「科学的な事実」を発見したと

コぺルニクスとダーウィンに重ねて自分の業績を誇っていたフロイトでも

女性を「科学的に」分析することはできなかったということである

女性を分析してはいけなかったのである

文学を参照してもいい

坂口安吾の『夜長姫と耳男』『桜の森の満開の下』では耳男と盗賊が捧げたどんな供物も弁舌も夜長姫と京女のおんな心を一瞬たりと鎮めることすらできなかった ではないか

男たちの誠実な論理や説得は女の怒りを増幅させるだけだったではないか

一つの場所に落ち着かないこと気まぐれに変化し続けること それが女としての当たり前の

自然現象であると知らねばならないと安吾はいう

であるから男らしい男にとって自然の脅威が恐ろしいように女の怒りは恐ろしいのである

その自然が女であり女は無常である

エディプスコンプレックス形成期以前 原初の女の自然から切り離されたそのときから

男のやることは女からみると地に足つかぬ空騒ぎなのである かりそめにも男が自立しよう

などと願うなら自愛のエロスへ両性性のナルシズムへと転向するしかない

宮本武蔵は それを直覚しお通という愛のブラックホールから逃れた

その両性道の無常をいく剣豪である 二刀流を操るのもそこからくるのである

女は海

女は雲

女は謎

きみは無常の美である

男にはその謎が解けない解こうとしてはいけない

それは観察するものでも解読するものでも分析するものでもない

男が共に生きるものである どんなに観察しても 生命の謎は解けない

女の美しさは分析できない 男を引きつけてやまぬ力を合理的に説明することはできない

その謎は男が共に生きるしかないのである

怒りたい「とき」の嵐が過ぎれば もう何事もなかったかのように

菓子を食べながら微笑む天使のようなきみは

謎のままでいいのである

まじめに考えたり反省したり荒くれたりするのは男どもにやらせておけばいいのである

「好むところに従って過つことなし」 これは女という無常の美の変幻極まりない現象へ諦めにも似た賛辞であった 「天人修羅畜生餓鬼地獄」 この六道の修羅以下のぬかるみは男が歩む道である

男は常に謎にひかれ謎にまよい 謎にとびこみ謎にもみくちゃになって

その不思議を愛しみ共に生きるのである 天に昇ろうと修羅に迷おうと男はイノチがけで女の謎を守り女の謎に抱かれ そして女であること男であること生命であることの無常を

共に深く生きるのである

五月の雲間を

女がとんでいる

花のように笑いながら女がとんでいる

私のなかのきみがとんでいる

きみのなかの私もとんでいる