ホッケースティック開発研究開始

取っ掛かりで知人から持ち込まれた数種の製品開発は失敗に終わった。建築現場で使用されている従来の鉄製品の材料をFRPに変えることにより軽量化と耐食性がよくなるとの思い付きで打診されたものだった。小さな工場建屋の一角を借りて仕事場とし材料器具類を購入、型の製作等かなりの手間暇かけて試作品を何個か作り現場で試験したが失敗に終わった。

ある日、友人の紹介でマク・アダムスと名乗る人が一本のホッケースティックを持って政裕の家にやってきた。カナダではアイスホッケーが国民的スポーツであることは知っていたが政裕はそのファンではなかった。ましてその道具のホッケースティックのことなどは無知の世界だった。

通常、ホッケースティックは木製である。持ち込まれたスティックはスウェーデン製でマーケットには出ていない。これに似たプラスチック製品ができないだろうかという話なのだ。

需要は年間数万本と十分大きい。試合中によく折れるらしい。強いものが求められているのだ。面白そうな課題だった。ビジネスの規模も大きくなる可能性もあり取り組む価値はある。スポーツ用品店で数本のサンプルを買い求めホッケースティックの何たるかを調べることにした。

政裕の自宅の地下室を仕事場にした。この家は地下室が広く五つの部屋があった。試作の段階では大きな部屋の必要はないので。物置部屋を整理して実験室とした。換気扇を明かり窓に取り付け樹脂の臭気を排出した。ここならば家族に迷惑をかけず、時間の制限もない。週七日、クリスマスも正月もなく実験室にこもった。

まずシャフトの現在の市販品と同等以上の曲げ強度、同程度の剛性を最適にする構成の追求を課題にした。スウェーデン製のサンプルの強度を測定したところ木製の市販品より弱かった。強化プラスチックの物性は構成成分である繊維材料と樹脂との比率などに支配される。炭素繊維を使えば軽くなり強度は桁違いに上がるが固すぎて使い物にならない。

炭素繊維は高価でもある。繊維材料と樹脂の種類と構成比率などを変えながら試験試料を作ることにした。成型方法や型の設計、各種の試験設備などの準備に時間を費やした。試験試料の製作プランを立て、作っては折りを繰り返し、四十本目の試作品でようやく最高の結果が得られて地下室での実験が終わった。

約一年を要した。スタッフの揃った会社の研究室で費用の心配のない仕事との違いが身にしみた。