決定的な瞬間
見ると、ワニは、大柄な黒髪の意地悪そうな男に変わっていました。その男は、鋭い目つきでフォールを見下ろすようにして立っていました。フォールは、まだ少し警戒しながらも、その男の威嚇するような態度に動揺することなく、あり得ない行動に出ました。落ち着いて中に招じ入れたのです。男は2~3歩足を踏み入れ、小屋の中の小さな木のテーブルの前にある椅子に腰かけました。
フォールは、心の片隅では、これが危険なことだとわかっていましたが、どういうわけか、不思議と吹っ切れてしまい、落ち着いていました。そして、思いがけない考えが浮かんだのです。「この男の人はお腹がすいているだけかもしれない。何か食べ物をあげたらどうかしら?」思わず、あわれみの心が湧いてきました。
そこで、フォールは男に、何か召しあがりませんかと尋ねてみました。
すると、驚いたことに、男の態度が変わり、丁寧な物腰で、「はい、実は喉が渇いていて、お腹もすいています。お申し出恐縮です」と言ったのです。お礼を言われてしまったのでした。
夢の中のフォールは、いとも平然としていましたが、見ていたフォールはと言えば、口が利けないほど驚き、あまりのショックで目が覚めました。
「えぇっ! ぼくが今見たのは何?」ちょっと前までは涙を流していたことも、どうしようもなくフラストレーションを抱えていたことも忘れて、フォールは、大喜びで、ほとんど陶酔状態でした。彼は、夢で見たことを何度も何度も、思い返していました。夢の中の出来事は、本当にびっくり仰天するようなことだったのです。
彼は恐怖を変えてしまったのでした。そして、恐れていた怪物は、ただの幻想に、ただの見間違いにすぎなかったのです! こんなにも、こんなにも簡単なことだったのに……どうしてもっと前に、このことに気づかなかったのでしょうか?
これは、フォールにとっては実に画期的な出来事でした。
人生に決定的な瞬間があるように、夢にも決定的な瞬間があるのです。
ものの感じ方を苦も無く変えてしまうような何かが内面で閃く時、心は、恐怖から受容へと、さらにはあわれみへと大きく転換します。フォールのものの見方は一瞬のうちに変わり、それによって、自分の魂がさらに一歩進化したことを彼は感じました。
「おや? もう泣くのはやめたの、フォール? 涙は乾いたかね?」と、大天使ミカエルの声が響いてきました。
フォールは自意識過剰になっていて、自分がバカみたいに思えましたが、返事をしようとすると、大天使がさらに続けました。
「お前は夢の中では、とても立派だったね。誇らしく思うよ」
フォールは、大天使の誉め言葉に恥ずかしくなり、顔を赤らめました。でも、訊きたいことがあったので、いつものように、率直に尋ねました。