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私の物語

昔から私は「がんばり屋」と言われていました。がんばれば結果がでることを信じ、学校で与えられた課題、部活動、そして習いごとには、いつも一生懸命取り組む子供でした。大人になってからも「がんばる私」は健在で、自分としてこれ以上ないと思うまで考え抜き、できた書類をお客さんや上司に手渡すことを美徳としていました。

たとえ徹夜になったとしてもベストを尽くすこと―それが私の仕事の流儀だったのです。そのおかげか、自分でいうのもはばかられますが、仕事ではどこにいっても高い評価を受けることが多く、次第に私は、どんなことでもがんばればそれ相応の結果は必ずだせるものだ、と高をくくるようになっていったのです。

がんばってベストを尽くすことは、決して悪いことではありません。むしろ良いことだと思います。しかし今から考えると、私のがんばりの奥には恐れがあったように思います。本当は私には力がない、だからがんばってカバーしないと誰にも受け入れてもらえない。そんな恐れから、時には限度を超えて自分に鞭をうつことがしばしばあったのです。

そう思い込むようになってしまったのも、小さい頃の私の生い立ちにあるように思います。勉強をしなくても成績優秀だった兄と比べ、がんばってなんとか平均点を出せるのが私でした。だからがんばらないと親に受け入れてもらえない、自分が自分を受け入れられない。そう無意識に思い、いつでもどこでもひたすら私はがんばっていたのです。

もちろん当時は、そんな思い込みを知る由もありませんでした。そんなある日、私はこれまでのやり方を完全に手放さなければならない出来事に遭遇します。その日、いつものように会社でパソコンに向かっていると、これまで体験したことのない息苦しさを感じたのです。