第一章 宇宙開闢かいびゃくの歌

笹野は、ふーっと一呼吸置くと、所長に向き直った。

「ハービク所長、ただ今のお話は不肖(ふしょう)日本人の私にも初耳と思われることが多かった。あの大戦争後、我々日本人はGHQに耳も目も口もふさがれて、ひたすら日本悪玉論を信じ込むよう操作されました。

世論もマスコミを通じて平和至上主義に傾いていきました。戦争の実質など知ろうともしない、いびつな平和教育もまかり通っていきました。人間を究極の不幸に貶(おとし)める戦争は絶対悪そのものだというのです。

インパール作戦を指揮した牟田口廉也(むたぐちれんや)中将は、戦後その不手際を指弾(しだん)され罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐を受け、愚将(ぐしょう)の烙印(らくいん)まで押されました。

しかし、彼にも一つだけ良い点があった。それはインド国民との信義を守り実践したことです。あの戦争に敗れた日本に大義があったとすれば、植民地化された大部分のアジアに独立の希望を灯したことでしょう。

それは結果論であって、大部分は日本の侵略に駆られての戦争であったという風潮もあることは知っています。しかし、考えてもみてください。戦争は国の内外を問わず人間の本能にもとづく行為です。有史以来、ひと時たりとも人間は戦争をやめなかった。

この闘争本能をどうにかしない限り戦争は永久に地上から収まらないでしょう。戦争の悲惨さに人類はようやく目を向け始めました。それは戦争の規模と複雑さの増大によって個人の尊厳が踏みにじられていく、その一点からの目覚めでしょう」

「おっしゃる通りです。わがインドの歴史を振り返っても闘争、戦争の連続だった。『マハーバーラタ』でクリシュナは、戦争に躊躇するアルジュナ王子を叱咤(しった)して人間の生死を輪廻(りんね)の枠でとらえて、戦争で死んでいくのもやむなしとする独自の倫理観を披瀝しました。

この部分は特にバガヴァッド・ギーターと呼ばれています。