夢解き

桜がそろそろ咲くだろうかという日に、海人と歌舞伎を観に行くと、ロビーにニホと神﨑がいたのだ。

「ごめんなさい、何だか言いそびれてしまって」

「いや謝るようなことじゃないじゃない。良かったね。いつから?」

後日、私とニホは二人で渋谷に出かけたが、私はどうも落ち着かなかった。正確には歌舞伎座のロビー以降、ずっと落ち着いていない。舞台の内容などこれっぽっちも覚えていない。とにかく平静を装って喜んでやらなければならないと思ったが、平静を装わなければならない理由が分からない。私は自分にイライラした。

「えっとね、あのコンパの十日くらい後」

ニホは、少し恥ずかしそうに答えた。

「はい?」

それは、「彼は人間じゃないの」と言ってからほんの二、三日後ではないか。

「呆れた……」

私はつい、口に出してしまった。

「ごめんなさい……」

「あ、いや、そうじゃなくて、謝るようなことじゃないから、ただちょっと驚いただけだから」

私は慌てた。恋人を盗られたわけでも何でもないのに謝られても困るし、自分も呆れる必要など無いのだ。

ニホから聞いた話は次のようであった。

合コンから十日後の、つまり「彼は人間じゃないの」発言から三日後の、夏にしては少し涼しい日、ニホが大学の図書館で本を広げていると、目の前を、人ではないものが通り過ぎたような気がした。見てみると、それは神﨑静真であった。ニホは、何故他所の大学の図書館なぞにいるのだろうと疑問に思ったが、気づかなかったことにして、一旦は図書館から出た。だが考え直してもう一度図書館に入り、静真に近づき、後ろから声をかけた。

「どうしてこんなところにいるの?」

静真は振り返ってニホを見るととても驚いた顔をした。

「ああ、ニホさん。ちょっとこっちに用事があってさ。ついでにここの図書館も見ていこうと思って。でも良かった、もう話なんてしてくれないだろうと思っていたよ」

「この間のことならもういいです。皆の前であんな占いをさせた私が悪いんですから。一言謝りたかったんです」

「君が謝るようなことじゃないのに。優しい人だね。ところで丁度良かった。これから少し時間とれる?」

静真は、ニホを近くの喫茶店『セントトーマス』に連れて行った。大学から近いところであったが、ニホは初めて来る店だった。

「私、ここ初めて来た」

「こんなに近いのに?」

「ちょっと怪しい雰囲気だなあと思って。でも中はとてもお洒落ね」

そう言いながら、ニホはカウンターの後ろに並ぶコーヒーカップや、壁際にある年季の入った本棚を好奇心いっぱいの目で見回した。

「外観は確かに営業してんだかしてないんだか分からない感じだもんなあ。ところで海人から聞いたけどなほ子さんとは高校も一緒だったんだって?」

コーヒーを注文してから、静真が言った。