夢解き
ある日、私は土砂降りの雨の中を歩いていた。水たまりの中を歩いても、何故か全く水が跳ねない。靴も濡れない。辺り一面が灰色だ。道の突き当たりにコンクリート打ちっぱなしの建物がある。灰色の世界の灰色の四階建ての建物。気味が悪いと思う心とは裏腹に、私は何かに引っ張られるように、その無愛想な建物に入った。入るとすぐに「ここは病院だ」と私は思った。病院の看板など無い。しかし玄関から入ってすぐの、広くて清潔で淋しいスペースが、病院の待合室だということを感じさせた。待合室には何人か順番を待つ人がいるが、どの人の顔もよく見えない。
(受付はどこかしら)
辺りを見回すと、目の前に受付が現れ、男性の後ろ姿が目に入った。見たことのあるうなじである。
(お父さん!)
私は何故こんな所に父がいるのかと驚くと同時に、相手に気づかれないうちにここを出ようと思った。ここで、「お父さん、何してるの?」などと親しげに声をかけるような仲ではない。しかし私が踵を返すよりも早く、男性が振り返った。
「よう、なほ子さん、」
男性は朗らかな笑顔を見せながら、私に向かって少し手を上げた。
「かっ……んざき、さん」
驚きすぎて、変な声になってしまった。父だと思ったその人は静真であった。
「なんでこんなところに……ニホちゃんと結婚したんでしょ? 何してんのよ」
「なほ子さんを待っていたんだよ」
「な、何言ってんの。真面目に答えてよ」
待っていたんだよ、というセリフに何故かどぎまぎした上に、顔が赤くなるのがわかって悔しい。
「真面目に答えているよ。ここで待っていれば、なほ子さんに会えると思ったんだ。ところで、なほ子さんはどうしてここに来たの?」
勝手に人を待っておきながら「どうして来た」とは馬鹿にしていると思ったが、この建物に魅かれるように入って来てしまったのは何故なのか自分でも気になっていたので、とりあえず理由を考えてみた。