一の巻 龍神守の里

「トビよ。若様は毎月、月の終わりに決まって日の陰りと言われ、七日間程神殿に入り、八日目の朝に陽の光と言われて出て来られる……。神殿の中で何をなされているのか? お前は知っているか?」

シギが問うと、カリが答えた。

「そう言えば、御館様は朝や夜の身支度など世話係の侍女達にさせておられるのだが? 若様のお世話は何方がされているのだろう?」

と首をかしげる。すると、ツグミが思い出したように、

「一度、若様の様子を見ようとこっそりお部屋に入った時だった。若様が凄い形相をしていきなり剣を抜かれ、追い出された。あの時のお顔はとても恐ろしくてそれ以後近寄ることはしない……」

と話す。

 

「おれはこの前の満月の深夜、若様がいつも傍にいる雷神丸と風神丸を連れずに御一人で湖に歩いて行かれているのを見かけて悪いと思いながら後を付けて行ったのだ。すると若様は結っている髪を解かれ、なんと若様は湖に向かって泣いておられた」

と神妙な表情でカリは語り、続けて

「里の皆が噂していると言う“月の光”の君という噂は本当だった! 結わえてある髪を解かれたあのお姿を初めて見たが、とてもお美しい! 湖に向かって何か話されていた……。草が風になびく音で、聞き取ることはできなかった」

と言葉を続けた。

「う~ん。羅技様は不思議な御方だ。仕草が何気なく女子(おなご)の様に振る舞われたかと思うと、馬を駆けらせる時の勇壮なお姿!」

トビはなおも首を傾げる。

「お前達は何を悩んでいるのだ?」

突然、中根の声が降りかかると、一同は硬直した。

「さては思う女の話か?」

重使主がからかうように言うと、

「いえ、湖のほとりで一人たたずまれている羅技様があまりにも美しくて……」

心配そうな面持ちでカリが口を開くと、中根と重使主は突然表情を曇らせ、顔を見合わせた。

「お声をかけようとしましたが、言葉が出ず身体が金縛りにあったみたいで動けなかったのです。若様が館へ帰られた後、直ぐに動けるようになりましたが、まるで天女を見ている様だったなあ! 若様は男なのに……」 

「身の回りのお世話は誰がしているのだ?」

とシギも重ねた。

「何と無礼な物言いをするのだ」

仲根がシギの頭にげんこつを入れると、重使主も声色を低くした。

「羅技様のお世話は巫女姫の清姫様がされておられる! 傍近くお仕えしている我らも日の高い時以外、お部屋に明かりを灯す刻限には羅技様の御部屋に通じる廊下の扉は中から閂が掛けられていてお声掛けしなければ入れぬ。それに、御庭には風神丸と雷神丸が居る」

重使主が答えるそばで、心の中で仲根は清姫様にお世話をしてもらっている様子を想像し、思わず頰を赤らめた。