マニラ人間模様
まずはエルミタからケソンシティーの中心のクバオを目指した。
初めての車窓風景を飽きずに見ている内に大きなショッピングセンターの横に着いた。名前を見るとアリモールとあり、ガブリエルから聞いていた所だった。早速中を散策したが、この種のショッピングセンターはシカゴにもあったのでさして珍しくはなかった。
音楽関連商品売り場の前を通った時だった。哀愁漂う女性歌手の歌が流れていた。そのメロディーラインとタガログ語の響きが正嗣の心を震わせ、気づけばしばし聞き入っていた。そして、衝動的にその歌が入ったカセットテープを買った。その歌とは、シャーロン・コネータというアイドル歌手の『ハイスクールライフ』という曲だった。テープのジャケット写真もかわいく、正嗣はその時からシャーロンのファンになった。
広々としたフードコートも覗いてみた。一○時半頃だったのでそれほど混んではいなかったが、片隅のテーブルで総務のユウコが家族と一緒に食事を取っている光景に出くわした。
ユウコはフィリピンに渡ってきて五年になる。歳は三五歳、六歳と二歳の二人の男の子の母親だ。結構太っていて無愛想なためよく四〇過ぎに見られる。旦那は三歳年下のフィリピン人、ジェフリー・アルベロア。現在は観光ガイドをしているが、元バンドマンだそうで日本で三年の仕事経験がある。ユウコはその旦那の追っかけをしていて、上の子の妊娠を機に結婚したそうだ。
しかし、このカップルは誰が見ても不釣合いなのだ。ジェフリーはスリムでハンサム、一方のユウコははっきり言ってしまえば太めのしこめなのだ。だからウワサ好きのマニラの在留邦人の絶好の話の種になる。ユウコが積極的に言い寄ったとか、強チンしたとか。そんなウワサの原因は彼女本人にある。
浮気の問題で夫婦の関係がまずくなることはままある話で、そのほとんどは夫が外で別の女とできちゃうパターンだ。しかし、この夫婦の場合は逆らしい。ユウコの男好きはどうやら病気のようだ。マニラには女性が男を買える場所もあるそうで、そのような所へ出入りするユウコを見たという目撃者が何人もいる。
それに加え、長男は色白の両親と同じ皮膚の色でどことなくジェフリーに似ているのだが、次男は驚くほど色が黒いのだ。また、両親とも直毛なのに次男はパーマを掛けたように髪の毛に強いカールがかかっている。だから、あからさまにユウコには言わないものの、次男の父親は誰なのかしらとのウワサが流布し、その兄弟は腹違いならぬ〈マラ違いの兄弟〉と陰で呼ばれているらしい。
普通の夫だったら俺の子だろうかとの疑惑を抱くのは当然だろうが、ジェフリーはそんな様子は微塵も感じさせないほど分け隔てなく二人の息子をかわいがっている。これはフィリピン社会共通の〈子供は神様からの贈り物〉という考えからなのか、あるいは大らかで広い心のなせる業(わざ)なのか、回りのウワサが耳に入ってもジェフリーは全く気にしていないのだ。
そんな話を幾世から聞いていたし、会社でも無愛想なユウコが苦手だったので、正嗣はユウコに見つからないようにその場を去った。