海人とのデートは楽しかった。海人は頭がいいだけでなく非常に気の利いた男で、私をがっかりさせることがまず無かった。「ギリシャ彫刻のような」と表現しても大げさではない、彫の深い美男子で、服装や態度も垢ぬけていて、二人で歩いていると群衆の中でも目を引いた。

ある日私は喫茶店で海人を待っていた。海人から一時間ほど遅刻するとメールが来たので、バッグから鈴木力衛訳の『恐るべき子供たち』を取り出して、読み始めた。私はいつも文庫本を一冊、バッグの中に入れている。これでも文学少女だったのだ。

しかし中学の頃は自分が本好きであることを隠していた。中学に入学したての頃、休み時間に本を読んでいたらクラスメートに、

「なほ子ちゃん、休み時間に何で本なんか読むの?放課後どこ行くか話そうよ」

「何読んでるの? 『罪と罰』? なんか難しそー」

と、本を取り上げられるわ、タイトルを大きな声で読まれるわ、散々だった。

それで、卒業するまで本を学校に持っていくのを止めていた。高校に入ってすぐ、数学の教師が風邪で休んで自習になった時、前の席の女の子が学生鞄から文庫本を取り出して読み始めた。

「何読んでるの?」

本を読んでいる時に話しかけられるのが嫌いな私だが、この時は思わず問いかけてしまった。しかし女の子は嫌な顔をしないどころかニコニコしつつ、「これよ」と言って本屋のかけたカバーを外し、『ドグラ・マグラ』の表紙を見せた。その子がニホであった。その丸顔に似合わない本を読むなあ、と思ったのでよく憶えている。

それからは私も、遠慮なく学校に本を持ち込むようになった。ニホとは、お互いの仲良しグループが違ったが、席が近いので、好きな本の話をすることがよくあった。ニホが特に気に入っていたのは『若草物語』で、学生鞄にいつも文庫本を入れていた。「カバーをかけていても、すぐボロボロになっちゃうの」と言って、まめにカバーをかけかえていた。

正直言って、私はあまり好きな本ではない。正確に言うと、幼い頃は好きだったが、段々、四姉妹の偽善的な言動が鼻につくようになった。ニホは、彼女達に「憧れる」と言い、「私もいつか、メグのように、熱烈な告白をされたいなあ!」などと言った。ニホにとって、本の世界は現実世界と地続きなのだ。