「パパ……あの大きな湖はキラキラ光ってとても綺麗! でも……緑色が暗く見えるあの小島はなんだかこわい」
「この湖はね、遠い昔は今よりもずっとずーっと小さな湖だった。そして湖の中には人が住んでいたムラがあったんだって。湖と森にはそれぞれ名前が付いていて、ムラの名は龍神守の里。湖のことは、うみと呼んでいたそうだ。小島はムラにあった山のてっぺんだったと、いつだったかおじいさんに教えてもらったよ」
「へえー! 湖をうみと言うの? 龍の名前が付いているから龍の神様がいるの?」
「湖の水は少し塩辛い、と昔からの言い伝えがあるんだよ。本当かどうかは、飲んだことがないから分からないけどね」
すると、少女は不思議な顔をして、
「海とつながっているの? パパ、今度は夏に来てあの湖で泳ごうよ! お魚さんがいるかも! 私、魚釣りがしたいな!」
とはしゃいだ。しかし、父親は顔を横に大きく振り、
「だめだめ。パパは小さい頃に友達と湖に行こうとしたけどね、崖が鋭くて下りることが出来なかったんだ。そしたら、湖から白い霧が立ち込めてきて、湖全体が霧で見えなくなった。パパ達は怖くなって、慌てて家に逃げ帰ったんだ。湖には絶対に近寄ってはいけないと教えられていたから、おじいさんにはすごく叱られたよ」
「じいちゃんにパパおこられた!」
嬉しそうに女の子が言うと、
「パパはいたずらばかりしていつも怒られていたけど、良いことをしたらお菓子やおもちゃを買ってもらえたんだ! 明日香や世羅もお人形さんやお菓子を買ってもらうだろ」
と父親が弁解した。
「うん! このお洋服は、おじいちゃんとおばあちゃんが明日香のお誕生日のお祝いにくれたのよ!」
と、少女はクルリと何回も回ってみせると、ふらついて尻もちをつき、笑いを誘った。
「わあ! お姉ちゃんが尻もちついた!」
と、男の子がきゃっきゃっと笑うと、明日香は顔を赤くして照れ笑いをし、
「パパ、あの湖には龍の神様が霧を出して、こっちに来たらだめ! と言っているのかなあ?」
と首を傾げた。
「うん、そうかもしれないね。パパはここから見る景色が一番好きだ」
明日香の瞳には、キラキラ輝く湖と美しい森が映っていた。