一の巻 龍神守の里
「てっぺんに着いたぞー!」
早春の日差しが暖かいある日、晴れやかな声が澄み切った空に響いた。
三歳ほどの男の子を背におぶった父親と見られる男が、バスケットを手に持ち、曇りのない表情で丘の上に立っていた。その横には、年齢は十歳ほどだろうか、可愛い服を着たおしゃまな少女の手を引いた、母親の姿が並ぶ。
一家は、草原にある小高い丘の頂上を目指し、たった今、たどり着いたところだった。男の子はキャッキャッと笑い、女の子は両手を広げてワアーっと嬉しそうに叫んだ。
「気持ちいい!」
すがすがしい風がヒュッと少女の顔を優しくなでると、もみじの様な小さく可愛い両手を頬に当てた。
一羽のひばりがさえずる空の真下で、母親と女の子はレジャーシートを広げると、父親が仰向けに寝転び、両手と両足をグーンと伸ばし、気持ち良さそうに伸びをした。女の子も真似て「うーん」と身体を伸ばすと、二人は顔を見合わせて笑った。
父娘の姿に微笑みながら、母親はバスケットからポットを取り出した。
「のどが渇いたわね!」
麦茶を注いだコップをそっと男の子に手渡すと、母親に寄り掛かってお茶をコクコクと飲み干した。頭を優しくなでながら、
「お天気が良くて良かったわね!」
「この辺りは晴れていても湖には霧が張っていて、こんな日はとても珍しいんだよ!」
と父親が嬉しそうに答えた。すると、女の子は立ち上がり、目の前に水を満々とたたえている湖と真ん中に浮かぶ小さな島、そして湖の周囲を取り囲む森の美しさに瞳を輝かせた。