(1)マニラ人間模様
畦上はもしも自分がティナとこの先どん底の状態に陥った時、彼らの内の誰かが助けてくれるのかもしれないとふと思った。
話を聞いていて、それがフィリピン流の暮らしなのだろうか、郷に入って郷に従った畦上はエライのではないのか、自分だったらどうするだろうか……、と正嗣は色々考えてしまう。ともかく、畦上はパキキサマとやらを保ったのだろう。
安藤の話は更に続き、こんな話は珍しくないと言うではないか。畦上の場合、確かに日本ではありえない話ではあろうが、単に妻の兄弟・親戚と同居する破目になっただけで、いい方なのだそうだ。
フィリピン人妻をもらった同胞で、妻の家族や親戚に家を勝手に使われたり、様々な理由からお金をせびられたりしているケースは非常に多いらしい。居着いてしまった遠い親戚の子の学費まで出してやっている日本人もいるそうだ。
正にフィリピン恐るべし。正嗣は飲みながら話を聞いていたが、それにしても理解の域を超えることが多い。こういうのをカルチャーショックと言うのだろうか。文化の違いによって価値観は全く異なるものだ。
例えば、シカゴ駐在時代に感じたことなのだが、子供の褒め言葉は日米では異なる。日本では〈おとなしい子ね〉とか〈素直な子ね〉と普通に褒め言葉して使うが、こんなのはアメリカでは否定的な言葉でしかない。アメリカでは〈インディペンデント〉とか〈タフ〉等の形容詞が褒め言葉となるらしい。
こういうことはアメリカ文化の空気に触れて初めて理解できることなのだ。正嗣はフィリピンに来てまだ間もないのだが、フィリピンを理解するには相当の苦労を要すると覚悟した。