「カルロス、カルロスなの?」
ふるえる声で呼びかけても、何の答えもない。恐る恐る近づいて、コンスエラはうずくまっている人の顔をのぞきこんだ。それはやせて、別人のようになってはいたが、確かにカルロスだった。しかし、カルロスの目は母を見ようとはせず、ぼうっと部屋の一点を見つめたままだった。コンスエラはその目に見覚えがあった。
「マリファナだ」
何年か前に見たのと同じ目だった。ガルシア牧場では、使用人がかくれてマリファナを吸っていたことがあった。その当時、マリファナは、タバコより安かったのだ。コンスエラはそのことをそれほど重大なこととは思っていなかった。しかし、そのマリファナを吸っていた使用人たちは、最後には魂(たましい)がぬけたようになって皆、姿を消した。
コンスエラには一人忘れられない若者がいた。若者もマリファナが原因で姿を消した使用人の一人だったが、この若者は他の男たちとちがっていた。仕事をしなくなり、無理(むり)にさせようとすると激しく暴れた。彼を診察(しんさつ)した医者は、大麻精神病(たいませいしんびょう)と病名を告げた後でこう言った。
「彼(かれ)が元々持っていた病気の芽が、マリファナによって大きくなったのだ。マリファナを吸わなければ、精神病(せいしんびょう)にはならなかったのに」
マリファナはコンスエラが考えていたよりも、ずっと危険なものだったのだ。精神病になったその若者の目が思い出された。今のカルロスと同じ目だ。まさかカルロスが……という思いが一気にこみ上げてきた。
「カルロス。あなた、何をしているの」
コンスエラがとびかかり、マリファナを吸うための道具を取りあげようとした。すると、カルロスが無言のままゆっくりと動いた。同時にコンスエラは左脇腹(ひだりわきばら)に焼けるようないたみを感じ、あっと叫び声をあげた。無意識(むいしき)に押(お)さえた手のひらには、温かい血がべっとりと付いていた。
コンスエラは必死になって体を起こし、むすこの無表情な顔を見つめた。カルロスの右手に、ナイフが握(にぎ)りしめられているのが見えた。
けがをしていることを誰にも気付かれずに、コンスエラは牧場に帰ってきた。牧場に着くと意識(いしき)を失って、死んだように何日も眠っていたが、そのあいだに医者が呼ばれたおかげで、何とか命をとりとめた。コンスエラは目を覚ましたが、カルロスのことは誰にも話さなかった。
傷が治り、体力が戻ると、コンスエラはまたカルロスの所へ行った。しかし、むすこはすでに学校をやめ、寄宿舎にもいなかった。何日もかけて探したが、行方(ゆくえ)は分からなかった。