独り暮らし
初めての彼女
晴れて短大生となったわけだが、大学の場所は横浜駅から千葉県の鎌取駅まで、東京湾をほぼ3分の1周る距離だった。
身体の弱い僕は毎日の通学には耐えられないことを踏まえ、アパートを借りて独り暮らしをすることになった。
しかし、そのアパートは、駅近で便利、という状態ではなかった。この頃の鎌取駅周辺にはなーんにもなく、真っ昼間から駅前の信号機がずっと黄色点滅をしている。そして電気屋さんとパチンコ屋さん、小さなタバコ屋さんがあるくらい。
いまの鎌取駅周辺とは比べようにもないくらいど田舎だった。短大生活が始まった。120人くらいの社会福祉学科には、20人いるかいないかの男子生徒。僕は紺のブレザーを着て出席した。
みんな普段着なのかラフ過ぎなのか僕のスタイルは目新しかったらしく、数日後には大半の生徒が紺のブレザーを着ていた。あと、当時流行ったシステム手帳。高校卒業前に友人のあのMに、
「女の子にモテる必須アイテムだから持っておけよ」
と勧められて買っていた。そちらも僕が持っていたので、のちに大半が持ち始めていた。モテはしなかったけれど注目されたのかな。自慢話して鼻持ちならない感じがするのでこのへんにしておく。
短大が始まってすぐの頃、東京都足立区から来る女の子がいた。母親の姉が足立区でしかも同じ町内だったので、
「へー、そんな偶然もあるんだな」
と思っていた。彼女は僕を見つけると、
「おはよう!」
と声を掛けてくる。
「ああ、おはよう」
と僕も返事をする。ときどき、机で居眠りしている僕の頭をパッカーン!と叩いてくるようになり、話もするようになった。授業が終わり、駐輪場で原付バイクで帰ろうとすると足早に近づいてきて、そこから長話し。
家族以外の異性と話しはあまりしてこなかったし、女の子と付き合ったことがなかったから意識するなどもなかった。
彼女は僕のアパートに遊びに来ることも多くなり、それでも僕は鈍感なのか、ビビリなのか、何のアクションもしなかった。
1ヵ月くらいが経ち、彼女が飲み会しようと提案してきた。鍋パーティーだ。同じ短大でアパートの近くに住んでいたNの家でやることになった。
その前日、学校の前にあるスーパーで買い物していると、彼女は飲み会の後、僕の家に泊まらせてほしいと言ってきた。
「あー、いいよ」
と、そのときは何にも考えずに返事をした。アパートに帰ってから一服して、ふと考えた。
「泊まらせてほしい? え? 泊まる!? 女の子がこの家に泊まる!?」
我に返り、タバコを立て続けに吸いまくる。一人でしどろもどろになって、狼狽して、驚愕した。
「いや、まあ、ただ泊まらせてほしいだけじゃん?」
と自分を落ち着かせた。鍋パーティーが始まり、場が盛り上がる。酒も入っているから当たり前だが、僕は密かに
「泊まるんかー」
とか
「マジかー」
と思いながら飲んでいた。結構いい時間になり、酔いもそこそこ。眠気もあったのでNのアパートを後にして自分のアパートに戻った。戻ってから、
「あっしまった! 彼女に何も声掛けてこなかった!」
と気づいたけれど、戻って声掛けるのも格好悪いからそのまま寝た。何時頃か、
「ピンポーン」
とドアベルが鳴る。出ると彼女が立っていた。部屋に招き入れ、別に布団を敷いて寝てもらったが、彼女の手がニョキッと不自然に僕の顔の前に出てくる。ビビリの僕はその手をしばらく眺めていた。