日本編
クレーム処理と炭鉱の事故
暇を持て余していると思われたのか、クレーム処理に駆り出されるようになり、出張する機会が増えた。製品の知識も品質管理の経験もない見習いクレーム要員だった。
鹿児島県の薩摩半島にあるトンネル工事現場で不発ダイナマイトのクレーム処理に出張したことがある。
湧き水の多い現場で導火線の立ち消えが原因との疑いがもたれていた。政裕はクレーム処理の経験は皆無だったが何とか説明する義務があった。
導火線の使用環境として湧き水は当然避けるべきで、導火線を水につけないよう保持などの方策を要請した。同時に湧き水の現場では電気雷管の使用を勧めた。導火線に耐水性を持たせる必要性を感じて、その問題解決の研究をすることに決めた。
福岡工場在任中、ほかにもクレーム処理を何回か経験したが、そのいずれもが西洋化成品の雷管と導火線の顧客である。
製品品質クレームの発生は当然起こりえることで、それに伴うクレーム処理の要員を常時準備しておく必要がある。会社にとって、この要員を生産現場から出すわけにはいかない。
時間の自由があるので研究部門をクレーム処理に駆り出すことができるという、政裕にとっては甚だ不都合なことだったが、顧客の現場実習も意図されていたのではないか。
赤池という町に小さな炭鉱があった。
そこでクレームが発生、政裕にクレーム処理のお鉢が回ってきた。
そこの鉱長が自ら坑口から切羽まで歩いて案内してくれた。坑内はヘルメットにヘッドライトをつけていたが粉塵が漂っていた。マスクはしていても目が見えなくなってきた。
鉱員たちは裸でつるはしをふるっていた。メタンガス噴出の恐れがある炭鉱だったので火の気が厳禁、煙草も吸えない。導火線も使えない場所だった。電気雷管の不発が出たのだった。
政裕はその場で処理できる案件ではないので、改めて販売部門で補償させる約束をした。
小規模の炭鉱はどんな現場の状況なのかを把握することができた。不発ダイナマイトを岩盤の中から取り除く作業は危険を伴うので誰もやりたがらないといわれている。
三菱新入炭鉱という大手の炭鉱が筑豊炭田の北の端にあって、そこでクレームが発生した。
今回は政裕と根岸さんの二人で炭鉱の事務所を訪れ来意を告げた。坑内へは大きなトンネルが構築されており斜坑を何台も連結されたトロッコが猛烈なスピードで下っていった。
終点で横方向に走行する大型軌道車に乗せられ、レールの上をかなりの距離を移動した。
この終点からは徒歩になった。初めは立って歩けたが、次第に天井が低くなりついには上下が石炭の狭い空間を腹ばいになって這っていった。採掘現場の切羽は横三十メートルぐらい、高さはやっと人の身の丈位で、それがほぼ炭層の厚さぐらいだった。
圧搾空気動の穿孔機で間隔を置いて十か所に穴をあけ、ダイナマイトに時差式電気雷管を装着し、穴の奥に装填して一挙に破裂させる。
全員退避、準備完了の確認の合図があって、発破技師がスイッチを押す。轟音と爆風で身を伏せていたが揺さぶられた。