「このまえね、友達のみどりちゃんが遊園地に行ったらしいの。すごく楽しかったって。夜にはパレードもあって、お姫様も乗り物もキラキラで魔法の国だって。陽菜も行きたい。去年の夏休みも、どこにも連れて行ってもらってないもん」

くしゃくしゃに表情を歪(ゆが)ませたと思ったら、手にしたフォークを振りかぶり、ハンバーグに乱暴に突き立てた。タンっと金属音が響き渡る。

「こら、陽菜ちゃん。お行儀悪いでしょ」

この所作には、多恵も黙っていない。

「悪い子は、遊園地に連れて行ってもらえないのよ」

「違うもん。お行儀良くったってテスト頑張ったって、どうせ行けないんだもん」

みるみる機嫌を損ねていく娘の頬が、りんご飴のように膨らんでいく。そしてついには、どこにそれだけの量を隠していたのか、涙を洪水のように流しはじめた。多恵はハンドタオルで陽菜の涙をふきながらこちらに目配せする。

「あなた。夏休み、どこか空いてないの」

わたしは必死にカレンダーを頭で捲(めく)っていく。演者を務める学会が八月中旬だから、追い込み時期にあたる八月上旬も勘弁して欲しい。ならば八月下旬はどうか。今ならまだ当直予定は決まっていないはず。頭を下げれば、休みが取れるかもしれない。わたしはできるだけ優しい声で陽菜のご機嫌をうかがう。

「陽菜、あのな」

「いいもん、いいもん」

癇癪(かんしゃく)を起こした陽菜には、わたしの猫撫で声は届かない。

「陽菜はいらない子だもん。陽菜、おばあちゃんみたいに家出する」

「陽菜」

たとえ戯言だとしても、亡くなった母を持ち出すことだけは看過できなかった。陽菜はわたしの剣幕(けんまく)にビクッと両肩を跳ねあげると、そのまま多恵に抱きついてしゃくりあげはじめた。多恵は慌てて陽菜を抱きとめる。

「大丈夫。大丈夫よ、陽菜ちゃん。遊んでもらえなくて寂しかったんだよね。おばあちゃんのことも、悪気はなかったんだよね」

陽菜はコクコク頷いて、嗚咽を漏らしながら泣きじゃくる。わたしはさすがに大人げなかったとうなだれた。

「陽菜、あのな」

多恵は右手を突き出してわたしの謝罪を制した。ここで謝るのは逆効果と踏んだようだ。忸怩(じくじ)たる想いだったが、妻の心遣いに甘えることにした。家族サービスのはずが、娘を泣かせるなんて、どうかしている。これじゃ父親失格だ。楽しいはずの休日も台無し。わたしは苦々しい気持ちを抱えながら、すっかり冷めてしまったステーキの残りを口のなかに押し込んだ。