明るくなる前に家を出て、暗くなってようやく到着(とうちゃく)した。途中(とちゅう)、ロレンソがめずらしい植物を見つけ、車を止めて写真を撮とったり、スケッチしたりしたのが、おそくなった理由だった。
一家が到着するのを、ガルシア牧場の女主人であるコンスエラと一人むすこのカルロスが今か今かと待っていた。マリアとコンスエラは、抱だき合って五年ぶりに会えたことを喜んだ。
「遠い所をよく来てくれましたね」
コンスエラはロレンソとフランシスコに笑顔を向けた。マリアがロレンソをにらみながら言った。
「ロレンソが道草(みちくさ)を食わなければもっと早く着けたでしょうに」
「山を下りてくる途中でマスデバリア(1)がたくさん咲(さ)いているのを見つけましてね。とてもめずらしいランなんですよ」
ロレンソは言い訳するように、コンスエラに言った。
「ああ。三角形のように見える赤い花のこと?」
「よくご存じですね」
「亡くなった夫も花が大好きでした。夫の残した植物の本に写真が載(の)ってますわ。後でお見せしましょう」
コンスエラは、カルロスに言った。
「フランシスコがあなたにお友達を連れてきてくれましたよ」
母の後ろにかくれるようにしていたカルロスは、首をのばしてフランシスコの腕の中にいる子犬をのぞきこみ、一目見て大好きになった。それは、カルロスが初めて見るロットワイラー(2)のメスの子犬だった。
夕食が終わると、マリアとフランシスコとカルロスは、子犬を連れて二階に上がってしまった。居間にはコンスエラとロレンソが残った。コンスエラは、本棚から一冊の植物写真集を持ってきて、ロレンソに見せた。二人の前のコーヒーカップから湯気が立ち上っている。
「ロレンソの育てたコーヒーは、本当においしい。世界一の味と香りね」
カップを傾(かたむ)けながらコンスエラが言った。部屋中にコーヒーの香りが満ちていた。ロレンソが本をめくりながら言った。
「この写真集はすばらしい。貴重な植物の美しい写真がたくさん載ってますね」
「亡くなった主人は、この本をとても大切にしていました」