歌劇 『雪女の恋』
❖登場人物
雪女 こゆき
姉 ふぶき
里人 弥助
山の神
第二幕
第五場
暗闇の中、「風・吹雪」上舞台に〈神〉が浮かぶ。
音楽「山の掟」。
舞台溶明。平舞台に、こゆきとふぶきが控えている。
神 こゆき 美しき雪の精 お前の願いは 掟に背く
掟破りは 許されぬ
ヒトを逃がして 命を救い
ヒトを慕い お山を捨てる
掟破りは 許されぬ
おお こゆき お前の運命(さだめ)は 雪女
ヒトを凍らせ 命を奪うのだ
聖なる山の 守り姫 こゆき
こゆき わたしは 女 ゆきおんな
恋も命の 雪の精
ヒトを逃がして 命を救い ヒトを慕い お山を捨てるのよ
わたしは 女 ゆきおんな
恋も命の 雪の精 恋の炎は 消えませぬ
神 ああ ふぶき 清らかなわが僕(しもべ)
ふたり一人の 姉妹(あねいもうと)
山の雪姫 雪の精
こゆきの 恋は 気の迷い 姉の言葉が 迷いを晴らす
恋の炎も 吹き消せる
ふぶき こゆきの迷いは 女の迷い
わたしも 女 ゆきおんな 女の迷いは この胸に
命を懸けた 妹の 恋の炎は 消せませぬ
真(まこと)の恋なら かなえてあげたい
こゆき (姉の意外な言葉に驚く)姉さん!
神 ふぶき!
ふぶき ああ お上、お許しを!
命を奪わず 命を救い 恋する相手を追いかけて お山を捨てる 妹を!
神 お山と下界は 別世界
聖なるものと穢(けが)れるものは 相容れない 交われない
雪の精と里人は 相容れない 交われない
こゆき ヒトの心は 清らかで 姿かたちも 美しい
弥助の瞳に こゆきが映り こゆきの瞳に 弥助が映る
ふぶき 命を奪わず 命を救い 恋する相手を追いかけて お山を捨てる 妹を!
神 聖なるものと穢(けが)れるものは 相容れない 交われない
雪の精と里人は相容れない 交われない
こゆき 弥助はこゆきを 求めてくれた 雪のお山に 命を懸けて
ふぶき ケモノが ヒトに 恋をする 狐が 女に 身を変えて
人里降りて 嫁になる 雪女が ヒトに 恋をする
こゆきが 里の女に 身を変えて 人里降りて 妻になる
神 ふぶき、浅はかな姉よ お前は 先を見据えていない
狐がヒトの嫁になり 再び狐に戻るのを
お山と下界は 別世界 狐とヒトとは 異なる命(いのち)
正体知れて お山に戻るのを
別れが来る日を 覚悟の上か!
こゆき 別れ……
神 雪女と里人は 異なる命 別れる運命(さだめ)
ふぶき・こゆき 異なる命 別れる運命(さだめ)
神 別れが来る日を 別れが来る日を 覚悟の上か!
ふぶき 別れが来る……
こゆき 別れが来る……
ふぶき こゆき こゆき 浅はかな姉を 許しておくれ
いつか 別れが来ることに 思いが届かず 許しておくれ
こゆき たとえ別れが来ようとも 弥助の嫁に なれるなら
ふぶき いつか 別れが来ることに 思いが届かず 許しておくれ
こゆき こゆきの 心に 悔いはない わたしの心は 動かない!
ふぶき こゆき!(こゆきの前に飛び出し、その肩をつかむ)
お前は 知らない 別れのつらさを!
恋する相手を 断ち切る 思いが どれほどか
胸は締められ お腹(なか)はねじれ 涙が枯れ果て
その苦しみを お前は 知らない
(こゆきは、ふぶきの胸にしがみつく。ふぶきは妹を抱きしめる)
弥助のことは 弥助のことは 忘れような こゆき
こゆき (こゆきはふぶきから離れ、立ち上がる)
忘れようとした 思うまいとした
でも 心の中に棲みついて 離れない
たとえ 別れが 苦しくつらくても わたしの心は 動かない
里の女に 身を変えて 人里降りて 妻になる!
ふぶき こゆき…
神 山の掟は そびえる岩壁 揺るがぬ巖(いわお)
厳(おごそ)かに 動じない 動かない
お山と下界は 別世界
雪女と里人は 異なる命(いのち) 別れる運命(さだめ)
それを 覚悟の上ならば 正体知れて 再びお山に戻るまで
里の女に 身を変えて 人里降りて 嫁になれ
こゆき・ふぶき お上!
神 山の掟を よぉく 聴くのだ
やがて こゆきの正体知れるのは
人里降りて 三年目
月が一夜(いちや)で欠ける年 天空の満月が新月に変わる夜
里の女の姿は消えて もとの雪女に変わるべし
その夜 こゆきは その夜 こゆきは お山に戻る
神・ふぶき・こゆき 人里降りて 三年目
三年目
月が一夜で欠ける年 天空の満月が新月に変わる夜
里の女の姿は消えて もとの雪女に変わるべし
その夜 こゆきは
その夜 こゆきは お山に戻る
こゆき その夜 こゆきは お山に戻る
雷鳴のような響き。「風・吹雪」。〈神〉が消える。
ふぶき (ふぶきはこゆきの手を握る)こゆき…… 幸せにね
こゆき 姉さん…… 姉さん
弥助…… 弥助 弥助…… (人里へ思いを馳せる妹を見つめるふぶき)
舞台溶暗。