鉄格子を開け、闇に咲く花々に迎えられながら玄関の鍵を開ける。玄関マットに置かれたスリッパは横一列に並べられ、床はワックスで磨かれて塵ひとつない。さらに気分が滅入る。それでも空元気を出しながら、ふたりに帰宅を知らせる。
「ただいま」
「お帰り、諌」
「お帰りなさい、あなた」
居間では母と多恵が仲良く身を寄せあってなにかの広告を眺めていた。覗かずとも察しはつく。子供カタログだ。
多恵の膨らんだお腹に眼を向ける。妊娠十ヶ月。性別は女の子。わたしは父親になろうとしていた。
「ご飯はどうしますか」
「外で食べてきた」
ネクタイを緩めて台所の椅子に腰かける。家へ帰ってきて力が抜けたのか、思いのほか大きな音をたててしまった。
母は素行の悪いわたしを意味ありげに一瞥する。しかしながら疲れのあまり構う余裕などなかった。頭の芯がにぶり、まぶたが自然と下がってくる。
いかん、このままでは寝てしまう。
「諌、多恵さんを心配させるんじゃないよ」
「あなた。とてもお疲れですね。お風呂にゆっくり浸かりませんか」
多恵がわたしと母とのあいだを取り持とうとしたけれど、逆効果になった。
「安定期に入ったとはいえ、妊婦は大変なんだ。自分だけがつらいなんて考えているなら、今にバチが当たるよ」
自分のお腹が大きかったときを思い出すのだろう、母は最近、やたらと小言をこぼすようになった。わたしのなかで逃げ場なき苛立ちが募る。
「そんなこと、言われなくても分かっている。自分だけ大変そうで、悪かったな」
ここのところ、わたしはずっと出口のない迷路のなかを彷徨っていた。
わたしはいったい、なんのために、なにを守りたいがために、戦っているのだろう。