矛盾と迷走

蓮は、すぐに答えを出す事ができなかった。

「少し考えてみるよ」

蓮はそう答えた。

後日、蓮は永吉に呼ばれて、永吉の家に行く事になった。そこであおいから直接その話を聞かされた。

その日の夕食は、特製親子丼である。家庭料理とはいえ、これだけだしの効いた親子丼が作れるなら店でも開いてみたらどうかなと言いたくなったが、辞めておいた。

「あれ、二人は?」

「二人は、私の実家に泊まっているのよ」

あおいが答えた。

「そうなんだ」

その日、夕食でテーブルを囲うのは、永吉とあおいと蓮の三人だけだった。子どもが二人いないだけでやけに静かだなと、蓮は思った。

「いただきます」

あおいが作った親子丼を、三人で食する。

「美味しい」

蓮が言った。

「よかった」

あおいと目があった。あおいは蓮を見ながら微笑んでいる。蓮も微笑み返した。隣で永吉は、黙々と箸を動かしている。

あおいは一旦箸を置いた。

「急にごめんなさいね」

「え?」

蓮は親子丼を食しながら、答えた。

「血液型の話」

「ああ」

あおいは、一気に話し出した。

「昔ね、お父さんが離婚した後に、私たちは蓮君と省吾君、二人分の慰謝料や養育費を、お母さんに支払っていたのよ。でもね、もしお父さんと蓮君に血縁関係がないとしたら、お母さんも不倫していたっていう事でしょう」

こんなに真剣な顔をして話すあおいさんは、初めてだ。

蓮はいつのまにか箸を止めていた。

「もし、お母さんが不倫していたとしたら、私たちが払った慰謝料は何だったの? 私たち、その時は色々と生活が大変だったのよ。蓮君と省吾君二人の養育費に、私たちの子どものお金もかかるでしょう。だから、本当はどうなのか、お父さんと蓮君のDNA検査をして、調べたいのよ」

すると永吉が、初めて口を開いた。

「そうそう、そういう事なんだ」

「もう成人している蓮君なら、私たちが言っている事、分かるでしょう」

(なるほどな。確かに、あおいさんが言っている事が真実なら、その時親父がおふくろに対して支払った分の慰謝料はどうなるんだろうか)

その時の蓮は、あおいが話す当時の状況も、二人が意図する事についても深く理解することはなかった。

ただ蓮は、永吉との血縁関係を決着させたいと考えた。そうすれば、見えない何かに対する不安にも決着がつく気がしていたからだ。

おふくろは本当に、俺、いや「俺たち」を騙していたのだろうか。それを確かめる為には、DNA検査をやるしかない。

「分かった」

蓮はそれだけ答えた。

永吉とあおいは目を合わせて、ふうと息を吐いた。

蓮が寝室で眠りに就いた頃、二人はリビングで酒を交わしながら、その件について話していた。

「はあ、取り敢えず一安心」

「でも蓮は一番きついだろうけどな。大丈夫かなあ」

「大丈夫よ。蓮君、もう大人なんだし。それよりもさ、蓮君の血液型がB型だって、お父さん知らなかったの?」

「知るわけがないだろ。第一、蓮と再会するまで、蓮の血液型なんて覚えていなかったんだから」

「そっかあ。そうだよねえ……。でもさあ、蓮君のお母さんって酷くない? だってお母さんも不倫していたってことでしょ? お母さんは蓮君の血液型がB型だっていうこと、知らなかったのかしらね」

いつもより酒の減りが早いあおいのグラスには、もう一滴も残っていない。あおいは冷蔵庫から缶ビールを取り出して、また戻ってきた。プシュッと音を立てて開けられた麦酒は、コクコクと音を立て、勢いよくグラスに注がれる。

「どうだろうな」

「ねえ、蓮君に聞いてみようよ。お母さんが知っていたのかどうか、蓮君に確かめてもらったらいいじゃない?」

「それだと蓮が可哀そうじゃないか?」

「大丈夫よ。私に任せて」