次の日、あおいは昨日永吉と話したことを蓮に相談した。
「ねえ蓮君。お母さんさあ、蓮君の血液型がB型だっていうこと、知ってたんじゃないかな」
「え? どうして」
「だってさあ。分からないけどさ。もし知っていたとしたら、お母さんずっと蓮君や私たちのことも騙してたっていうことじゃない。それって酷くない?」
あおいからの圧力に負けて、蓮の表情は一層強張った。
「だからさあ。蓮君から、お母さんに確かめてみたらどうかしら」
「おふくろに?」
「だってさあ。このままじゃ気持ち悪いじゃない。私ずっともやもやするもん」
「うん……。分かった。聞いてみるよ」
「お願いね」
永吉は二人の会話を不安げに聞いていたのだった。永吉はあおいの気持ちも理解できたが、それよりも蓮と有花との間で親子の関係に傷がつくのではないかと、その方が心配であった。
本当は、真実を確かめない方がお互いのためなのだろうと思ったが、あおいの怒りに永吉は何も口出しできないでいた。
「ただいま」
「あら、おかえり」
友人宅に泊まるとだけ伝えていた蓮に、有花は疑いもなく返事した。
家に帰り着くと、有花は夕食の準備で忙しくしていた。
蓮はすぐに有花に問い詰めた。
「ねえ」
「どうしたの?」
「この前さ。健康診断を受けたんだけど。そこで血液検査されてね」
「そうなの。何かあった?」
「俺の血液型、B型だってさ」
「B型⁉」
「うん。聞き間違いかと思ったんだけど。間違いないって」
「そうなの」
蓮は、有花の背中を見つめ続けた。
「ねえ」
蓮は有花の背中に向かって、もう一度問いかけた。
「さて、夕食何がいいかしらね」
何でもいいから答えが欲しかった蓮の気持ちは、簡単に裏切られてしまった。
有花は、包丁を片手に慣れた手つきで野菜を切り始めている。
トントントンと、包丁がまな板を叩く音を出す。
有花はそれ以上、何も言わなかった。
花の素振りは、真相の全てを物語っていた。蓮がO型ではない事を、有花は知っているに違いなかった。
(そうか。おふくろはその事実を俺にも親父にも隠して、今まで俺を騙してきたんだ)
「ごめん、今日夕飯友達と食べてくるから」
「あら、そう」
蓮は家を飛び出した。無心で車を走らせた。夕日は既に沈みかけている。反対車線を通る車のライトが、蓮の顔を何度も照らした。
蓮の瞳からは、一筋の雫が流れ落ちていた。羽交い絞めされるような悔しさを洗い流そうとするかのように。
蓮は、その事実を認めたくなかった。そして自分が、独りぼっちになった気がした。
そう感じていたのは、蓮だけではなかった。蓮に知られてしまった事実を、有花はどうすることもできないでいた。
蓮が生まれてから、誰にも言わずに隠し通していたこと。
自分の心の奥底に仕舞っていた事実。
それは、蓮は、永吉との間に生まれた子どもではないという事だった。