最愛の諌へ

諌、元気でやっていますか。

多恵さんみたいなしっかりものの奥さんと陽菜ちゃんみたいに元気いっぱいの娘がいて、もうお母さんには憂いがありません。ですがあなたが一歳年をとるたびに、お母さんも一歳年をとるので、親子の関係は変わらないまま。あたりまえのことだけれど、なんだか不思議ですね。

あの人が亡くなってから、女手一つであなたを育てることは、筆舌に尽くせないくらい、大変なことでした。ですが竹のようにまっすぐ、海のような優しい心で育っていくあなたを見守る年月は、夢のようにしあわせな時間でした。お母さんのもとに生まれてきてくれて、心からありがとう。

しかし最近、後悔していることがあります。

それは長生きしすぎたということです。ひどく欲が出てしまってねぇ。

陽菜のランドセル姿が見たいとか、もうひとり孫を見てみたいとか。神様、もうすこしだけ夢を見させてください、もうすこしだけお迎えは待ってください。そんな恥知らずなことを毎日願っていました。もう、なぁんにも役に立たないおばあちゃんなのにね。

だからお母さんは、しあわせの引き算をするために、あなたたち家族から距離を置きたかった。ひとり暮らしに憧れた理由は、そんなところかしら。

諌。あなたは本当に優しい子ですから、人のために自分が傷ついたり、迷ったりすることがあるでしょう。

でもね、無理しては駄目。あなたが無理していることなんか、まわりの人たちはすぐに見抜いてしまうものなのですから。母である私が言うのですから、間違いないですよ。

だからいつもニコニコしていなさい。笑顔が一番、あなたに似合っていますよ。その笑顔のために、私はこれまで頑張ってこられたのですから、間違いありません。

最後に、母親として厳しいことを残しておきます。

お母さんは学問に暗く、お医者さんのことなんてちっとも分からないけど、お勉強に関してはゆめゆめ慢心しないように。いつも言っていることだけど、ふさわしい時期にふさわしい努力をしなかったら、それを取り戻すには倍以上の労力が掛かるものです。

それでは最後に、願いをひとつ。あなたと多恵さん、陽菜ちゃんが逢いに来てくれる見晴らしの良い丘で、安らかに眠りたいものね。やはりひとりは寂しいものだから。

それじゃあ、家族仲良くね。

母より

その筆跡は、上履きや体操服に名前を書いてくれた頃の、美しい字体のままだった。