車から降りると、家族で温泉に浸かりにきたのだろう、子どもたちがはしゃいでいる姿が、入口の方に見えた。
いつもより澄んだ空気を味わいながら、二人は温泉の入口へ歩いて行った。
二人は身体を洗い、露天風呂に向かうと、その広大な大自然と融合された真っ青な空には、目を見張るものがあった。
真っ青な空とは逆さにして、遠くまで広がる青い海にかかるマルーン色の夕日が、水面に反射してキラキラときらめく額縁の世界は、絶景そのものであった。
久しぶりに湯に浸かり、心も体も癒されながら、蓮はその額縁を眺めた。いい眺めだった。
その景色を見ると、時を忘れていつも長湯してしまう。
「しかし、お前から誘うなんて、珍しいな」
額から流れ落ちる汗をタオルで吹きながら、謙介が話しかけてきた。
「ああ」
いつも相談を受けるのは謙介からで、今付き合っている人がどうだとか、お前も彼女を早くつくれだとか、もっぱら恋愛話が長らく展開される。しかし、今日はそうはならなかった。
「何だ? 好きな人でもできたか」
冗談交じりに言いながらげらげらと笑って揶揄う謙介に、蓮は水を差した。
「いや、そうじゃなくて」
謙介は、目を見開きながら言った。
「何だ? どうした」
「謙介は、血液型は確かA型だったよな」
「血液型? ああ、そうだけど。なんだ急に。今更それがどうした」
謙介は質問を急かすようにして返事した。
「もしさあ。血液型が違うって言われたら、どう思う?」
「は? 血液型が違う?」
謙介は眉間に皺をよせ、物思いに耽り始めた。
しばらくの間、沈黙が流れた。
「俺、血液型が違うらしいんだよ」
「え? どういうことだ」
険しい表情のまま、謙介は答えた。
蓮は、病院で血液検査を受けた事、検査の結果B型だと判明した事を謙介に説明した。家族の血液型の構成についても。
謙介は驚きを隠せない様子だった。謙介は、肩まで浸かっていた体を少し冷ます為に湯船から上がり、岩に腰掛けながら、蓮の話を聞いた。
「成る程なあ。そんな事があるのか? ドラマみたいな話だな。それで、お前の親は何型なんだっけ?」
「おふくろはO型で、兄貴もO型。親父の血液型は、忘れた」
最近になって父親と再会したと聞いていた謙介は、蓮が父親の血液型を知らないのも無理はないのだろうと思った。
「なら、普通なら親父はB型じゃないのか」
「まあ、そうだろうな。だけど、もしB型じゃなかったとしたら」
蓮はそこで話を止めた。馬鹿馬鹿しい妄想をしている自分に苛立ってきた。
謙介は、何か言いたげに蓮の顔をじっと見ている。
一度ため息をついてから、謙介が言った。
「それで、おふくろさんにはその事、話したのか」
「いや。謙介だったら、話すか?」
謙介は口を半開きしたまま、蓮から目を逸らした。空は薄い雲が泳ぎ、夕日は水平線に隠れ始めている。
永吉との思い出を振り返ると、永吉が本当の父親ではないかもしれないという事実に、蓮は目を伏せたくて仕方がなかった。